南都
門の所での衛士とシンの会話。ファンには何があったのかわからなかった。尋ねようとシンの横に駆け寄ったが、先にシンのほうから声を掛けられた。
「そうだ、ファン。あれはできるようになったか?」
青の国を出てから、新たにシンに習ったことがある。体術を習うのは引き続いていて、組み手をそれなりには続けられるようになった。だが、シンにはまだまだ敵わない。そう言うと、シンは笑った。一万年もやってきたのをそうそう追いこされてはたまらない、と。新しく習ったのは、獣人だけが扱える特殊な術だ。
とはいっても、ファンは昇化などしていないし、当然ながら化生の者でないから、獣人ではない。シンも、特異な例なのだろう、と言っていた。どうやらシンから一時的に預けられた青龍の力がその後もファンの中に残っていて、それを再び引き出すことができるようなのだ。檮杌に対峙した時がそうだった。だが、ファン自体は後からそれを聞いただけで、その時の記憶はない。だから、本当にあるのかもわからない力を、手の届かない自分の内側に探しながらの訓練が続いたのだった。
「まだ、思い通りにはちょっと……」
ファンは申し訳なさそうに応えた。落ち着いたときに、神経を集中させて、それで十秒も保てば調子のいい方。数時間粘っても出来ないこともあったし、すっと出来た事もあった。檮杌と対峙した時の感覚が解ればいいのだが、何せあの時は必死で殆ど記憶に残ってない。シンのように部分的に操るのもまだよくわからないままだ。
「いや、それでいい。まず俺の力がお前に残っているだけでも特別なんだ。……そうだな、もう少しもつようになったら、水盆鏡の使い方を教えてやる」
「どうした?」
少し考え込んで、ファンが照れ臭そうに顔を上げる。
「バク先生の所にも、つながりますか」
その応えにシンは微笑む。
「ああ、きっと喜ぶだろう。なら、最低でも三分は持たせなければな」
しばらくすると、宿屋の看板が目に入った。荷物を預けてから、またすぐ街に出るという。色々と新調しなければいけないらしい。旅人とはいえ、異国の服は目立つのだろうか。時々注がれる視線にファンも気付いていた。汚れているせいかとも思ったが、それだけでもないらしい。
路銀の入った袋だけ持って、外に出る。家々の奥、町の中央に見える王宮を見つめて、シンが呟く。
「朱雀にもこの話をしてみよう。俺よりも何か知っているかもしれん」
服屋を見つけるのはそう難しいことではない。五件も渡れば、そのうち一件は服を扱っているからだ。だが、意に沿うものとなると途端に難しくなる。何も、二人が意匠に拘ったからではない。いや、拘ったといえば拘ったのか。この国の服は少し賑やかすぎる。
「お似合いですよ、本当に。お客様は格好が好くていらっしゃるから」
「だが、派手すぎるな。それに動きづらい。旅歩くので、動けなくては困る」
服屋の店主はあれこれと出してくれて、それはそれで助かるのだが、出て来るものはどれもシンには派手に思えるのだ。国が変われば、そこの風に沿わねばならないとは思うのだが、似合う、と言って出される服をどうにも着る気にはなれない。かといってむげにもできなくて、どうにも困ったシンはファンの方を見る。ファンには他の店員がついて同じように色々と合わせているようだが、同じような表情をしていた。青の国はものの外観を質素にしておく向きがあるから、そこにずっといるシンはやはり馴染みがたく思える。とうとう我慢が出来なくなって、シンは半ば叫ぶように言ったのだった。
「頼むから、この店で一番地味な服を持ってきてくれ!」