南へ
リーユイはシュウの方に向き直った。
「衛士長。私は貴公がふさわしいと思ったんだが。こちらは、この町から見れば、新参者だ。頼ることになろう」
こちらこそ頼むよ、とシュウは笑った。リーユイはこちらに頭を下げると、関の工事をする人々の方へ歩いていった。改めて見直すと、人足の中に、盗賊だった者が混ざって仕事をしていた。
「じゃあ、俺も仕事に入るかね」
そう言って、シュウは体重をかけていた棍を肩に担ぎ直す。関へ向かおうとしたのをシンは呼びとめる。
「陛下はあなたにも書を送っているだろう?」
シュウは足を止めて、振り返る。照れくさそうに頬を掻き、懐から王印を取りだして見せた。
「今朝これが届いてさ。あの兄ちゃんが断ったら、俺に頼むって」
「適役だとは思ったんだが、やはり断るか」
気付いてたか、とシュウは苦笑し、その書状を再び懐にしまった。
「俺はそんな柄じゃあない。こうして、町や空を眺めながら、のんびり関の番をしているのが性にあってんのさ」
南へ向かう二人も、関の警護に戻るシュウと共に関に向かう。開いた状態のまま、片側だけ残る扉を通り過ぎ、二人は外壁を跨いだ。修復に指示を出していたリーユイもそれに気付いて、見送りに来た。
「そちらはもう、赤の国か。朱雀の守護する国だな」
リーユイの言葉にシンは頷く。
「神獣が国を空けるとなると、皆が不安になるだろう。だから、黙っておいてくれ」
二人は頷く。
「神様が少し出掛ける間くらい、留守番できなきゃあな。大丈夫さ」
そして、シュウはファンの頭に手を乗せて、言った。
「ファン、早く素養が見つかるといいな。頑張れよ」
「うん! ありがとう」
ファンは満面に笑みを浮かべて頷いた。
旅の無事を、と送りだしてくれた二人に手を振り、シンとファンは歩き出した。歩き始めてしばらく、シンは思いだして、ファンに尋ねる。
「檮杌と戦ったあの夜、自分がしたことを覚えているか?」
突然の問いに、ファンは戸惑いながらも答える。
「気を失うまでは覚えてます。師匠の剣を借りて……」
あとは、と言ってファンは首を振った。そうか、と相槌を打ち、シンは続ける。
「なら、教えたいことが増えた。あとは、道すがら前の話の続きをしよう」
「はい!」
ファンは顔を輝かせる。それを満足気に見て、シンは足を止めた。
「これ以上進めば、あの町は見えなくなる。しばらく、東には戻らないからな。目に焼き付けておくといい」
二人は振り返り、東の関を見やる。町はすでに小さくなっていた。――東の国は青い春の地。その境を担う関の周りには緑豊かな山野が広がっている。そして、そこを吹き抜ける風も同じ色。
それは二人の旅立ちを送る、始まりの色だった。