関の責
湯屋からあがり、シンが部屋に戻るとファンはすでに寝息を立てていた。まだ陽は高いものの、シンもすぐ床についたのだった。目が覚めると、翌日の朝だった。どちらも途中で目を覚ましていないようだから、疲れが相当だったのだろう。今はもうそれはない。充分に休めたようだ。シンが起きたのに気がついたのか、ファンが慌てた様子で跳ね起きる。
「おはようございます! 師匠」
「おはよう。疲れは取れたか?」
ファンはしっかりと頷き、寝台から降りる。
「昨日は起こさないでくれたんですか?」
髪を束ねながら、ファンが尋ねてくる。
「いや、俺も今起きたんだ。一食食べ損ねたな、下りて食べよう」
何か言いたげに、だが、支度をするファンにシンは笑って言う。
「普通の量で充分だ。龍にならなければ、人並みなんだ。それに、今日中に南の国の町に入らないとな」
それが充分に答えになったのだろう、ファンはほっとしたような、照れたような顔で笑った。
朝餉の後、楼の主人に礼を言って、二人は関に向かった。檮杌との戦いで、関は扉こそあれ、外壁を兼ねる片側の建物が全壊してしまっている。扉を支える柱は残っていたはずだが、そこには今人が集まり、扉の片側をゆっくりと外しているところだった。工事を見守る衛士の中に、シュウの姿があった。こちらがその姿を見つけると同時に、向こうもこちらに気がついたらしい。シュウはこちらに歩いてきた。
「大丈夫かと思ったんだが、柱の根元がやられててなぁ。危ないからいっそ外しちまおうって話になったんだ」
シュウは警護用の棍を支えに立ち、後ろにした扉を指す。
「やはり駄目だったか。すまないな。数日もすれば都から色々届くはずだが」
「ああ、向こうに連絡をしてくれたのか、そりゃあ助かる。手は足りてるんけど、物がなくて困ってたんだよ」
向こうでは扉を横に寝かせた後、太い柱に縄をかけ、ゆっくりと横にしているところだった。傍らでは石の山になってしまった外壁と建物の片付けが始まっている。
「その間の風水はどうする? 外壁と門がなくなれば、結界を張れないだろう」
「あぁ、それは大丈夫だろうって。新しい町長殿がどうにかしてくれるさ」
シュウは通りの方を指さして、意味ありげに笑んだ。シンとファンが振り返ると、リーユイが血相を変えて、こちらに走ってきていた。
「間に合ったか。守護者よ、これはどういうことだ!」
その手に握られた紙には、東王を示す印が押してある。リーユイは狼狽と怒りをないまぜしたような表情をしている。
「貴公にはちゃんと伝えたはずだぞ、処罰以外は受けぬ、と!」
リーユイは手にした紙を叩きつけるように広げてみせる。書面には、関の町の長を務めるように、と滑らかな文字で書いてあった。シンはその書面をじっくり読むと、シュウの方を見やり、解かったような顔をして頷いた。
「もちろんだ、陛下にはそれ相応のきつい処遇を与えるようにと奏上した。――ところで、今回のことで関の外壁と、町長の収まるべき町舎が崩れてしまってな」
「それがどうしたと――」
リーユイの言葉を遮り、シュウが続けた。
「いやぁ、その上、指示を出す人間がいなくてね。その上、結界が張れないとなっちゃあ、夜の獣共もおっかない。誰か、力のある人がいないかって捜してるんだよ」
その後に、ファンも語調を揃えて、続けた。
「あんな風におっかない化物が出るところを護れ、なんて大変だなぁ。おれは褒美貰ったってやらないよ。どっかに、辛いことを引きうけてくれる人がいればいいのに」
三人はリーユイをじっと見て、ニッと笑う。三人の視線が集まるその青年は、何かを言おうとして、口をぱくぱくと動かしていたが、結局声にならずにそれを飲みこんだ。そして、赤い顔のままこちらを睨み、そして、笑った。
「なるほど、確かにかなりの重責。陛下がこの責を賜るなら、青の国の昇化として、鋭意務めさせて戴こう!」