青の娘(2)
東王はこちらを推し量るように見つめている。
「随分悪いものがいたようですね」
シンは頷く。
「檮杌だった。追い詰めたが逃げられた。恐らく、他の四凶も目覚めているだろう。四方の王にもその旨を伝えておいて欲しい」
少女は頷く。そして、水面に顔を寄せ、こちらの顔を心配そうに覗き込む。
「傷は深かったのでしょう? 貴方が人前で龍になるなど、よほどのこと」
「俺は大丈夫だ。もう全て癒えている」
シンの言葉に少女はその表情を僅かに翳らせた。
「癒えればよいわけではありません。もっと、自分を大切にしてください」
「……すまない」
「いいえ、これが初めてではないでしょう? ちゃんと実行するまで許しません」
シンは苦笑いをして、ただ、すまない、と繰り返した。
「あの少年はあなたの弟子、ですか」
「ああ、ファンという。旧友から預かった、太極だ。……どうした?」
王は小さく笑っていた。
「嬉しくて。貴方はいつも独りになろうとするから、心配だったのです」
「俺は心配されるほど、子供じゃあない」
いかにも不服といった声色でシンが返すと、彼女はさらに笑みを深める。
「ええ、貴方は子供じゃありませんよ。なのに、心配になるんです」
聞き覚えのあるその言葉に、シンはため息をつく。
「……随分昔にも、そう言われたよ。少しは成長していると思ったんだが。性分かな、何千年あろうと変らんようだ」
「同じ場所に籠っていれば、皆そうなります。きっと、その少年との旅は、貴方にも多くのことを与えてくれるでしょう」
「陛下。この旅は――」
シンが口を挟もうとすると、彼女は首を横に振った。その笑みに微かに悲しそうな表情が混ざる。
「知っています。それでも、私はこの旅があなたにとって良いものとなると信じているのです」
沈黙がその場を包む。水が微かに波打って、彼女の顔が揺らぐ。
「自己犠牲も度が過ぎると、かえって人を傷つけます」
怒ったふうに彼女は言ったが、その表情は子供を躾ける母親に似ていた。
「また連絡してくださいね。では、怪我をしないように」
「え、ああ! いや、連絡するさ。南都に着いたときにでも」
「え?」
すぐに連絡を切るような素振りにシンは慌てて言葉を継ぐ。彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、今度は声を出して笑い始めた。その様子にシンは、ほんの少し腹が立って、不満げにこぼした。
「何がなくとも連絡しろと言ったのは、陛下だろう」
そうでしたね、と笑い声の中から絞り出すような返事が返ってくる。
「その時は、いくら私の前だと言っても、上着くらいは着ていてください」
シンがハッとして、慌てだしたのを見てだろう、彼女は哄笑し始めた。シンもつられて笑い、しばらくして息をついて、微笑んだ。そして、その少女を見つめて、言う。
「――シェラン」
「なぁに? シン」
彼女は優しい微笑みをもって、返す。
「いつも苦労掛ける。……じゃあ、またな」
彼女は言葉なく、確かに頷いた。
水面の光は消え、映すのはシンの顔ばかりになった。シンは立ち上がる。湯を沸かしてもらったのなら、温くなっては悪い。水盆の水を空けると、シンは湯気の立ちこめる湯屋の扉を開けた。