表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神獣記  作者: かふぇいん
青の国の章2
47/199

青の娘(2)

 東王はこちらを推し量るように見つめている。

「随分悪いものがいたようですね」

 シンは頷く。

檮杌(とうこつ)だった。追い詰めたが逃げられた。恐らく、他の四凶も目覚めているだろう。四方の王にもその(むね)を伝えておいて欲しい」

 少女は頷く。そして、水面に顔を寄せ、こちらの顔を心配そうに覗き込む。

「傷は深かったのでしょう? 貴方が人前で龍になるなど、よほどのこと」

「俺は大丈夫だ。もう全て癒えている」

 シンの言葉に少女はその表情を僅かに翳らせた。

「癒えればよいわけではありません。もっと、自分を大切にしてください」

「……すまない」

「いいえ、これが初めてではないでしょう? ちゃんと実行するまで許しません」

 シンは苦笑いをして、ただ、すまない、と繰り返した。

「あの少年はあなたの弟子、ですか」

「ああ、ファンという。旧友から預かった、太極だ。……どうした?」

 王は小さく笑っていた。

「嬉しくて。貴方はいつも独りになろうとするから、心配だったのです」

「俺は心配されるほど、子供じゃあない」

 いかにも不服といった声色でシンが返すと、彼女はさらに笑みを深める。

「ええ、貴方は子供じゃありませんよ。なのに、心配になるんです」

 聞き覚えのあるその言葉に、シンはため息をつく。

「……随分昔にも、そう言われたよ。少しは成長していると思ったんだが。性分かな、何千年あろうと変らんようだ」

「同じ場所に籠っていれば、皆そうなります。きっと、その少年との旅は、貴方にも多くのことを与えてくれるでしょう」

「陛下。この旅は――」

 シンが口を挟もうとすると、彼女は首を横に振った。その笑みに微かに悲しそうな表情が混ざる。

「知っています。それでも、私はこの旅があなたにとって良いものとなると信じているのです」

 沈黙がその場を包む。水が微かに波打って、彼女の顔が揺らぐ。

「自己犠牲も度が過ぎると、かえって人を傷つけます」

 怒ったふうに彼女は言ったが、その表情は子供を躾ける母親に似ていた。

「また連絡してくださいね。では、怪我をしないように」

「え、ああ! いや、連絡するさ。南都に着いたときにでも」

「え?」

 すぐに連絡を切るような素振りにシンは慌てて言葉を継ぐ。彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、今度は声を出して笑い始めた。その様子にシンは、ほんの少し腹が立って、不満げにこぼした。

「何がなくとも連絡しろと言ったのは、陛下だろう」

 そうでしたね、と笑い声の中から絞り出すような返事が返ってくる。

「その時は、いくら私の前だと言っても、上着くらいは着ていてください」

 シンがハッとして、慌てだしたのを見てだろう、彼女は哄笑し始めた。シンもつられて笑い、しばらくして息をついて、微笑んだ。そして、その少女を見つめて、言う。

「――シェラン」

「なぁに? シン」

 彼女は優しい微笑みをもって、返す。

「いつも苦労掛ける。……じゃあ、またな」

 彼女は言葉なく、確かに頷いた。

 水面の光は消え、映すのはシンの顔ばかりになった。シンは立ち上がる。湯を沸かしてもらったのなら、温くなっては悪い。水盆の水を空けると、シンは湯気の立ちこめる湯屋の扉を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ