青の娘(1)
男たちは東王からの沙汰を待つ、とその後すぐに帰っていった。リーユイは宿営に置いてきていた荷物を持ってきてくれていた。それを預かって、シンはおもむろに立ち上がる。傷はないが、自分の血や檮杌の血で随分汚れている。上着など、来ている意味がないほどに破れてしまっている。ファンから受け取った上着を取り、シンは奥の方にある湯屋に向かった。誰もいないようだから、ファンはもう部屋で休んでいるのだろう。
上着を脱いだところで、衣を置くための台の上にある水盆鏡に気がついた。湯あがりに身なりを整えるために置かれているのだろう。シンは思いついたように近くの椅子を引き寄せ、その前に座る。水を注いで、鏡の縁をすっと撫でる。鏡は淡い光を放って波立った。
「陛下、いらっしゃるか」
シンは水の向こうに呼びかける。少し間があって、水に一昨日と同じ少女が映る。青い玉が向こうの水盆鏡の明かりに照らされて、一層優美に少女を彩っている。それを確認して、シンは口を開く。
「こちらの件は片付いた。だが、南への関を壊してしまったから、再建資金と人員を手配して欲しい。町長はそちらに向かったようだ」
「わかりました。配給担当の官にはもう沙汰を申しつけて、次の官を充ててありますから、大丈夫でしょう。そちらにも新しく人を据えねばなりませんね」
「推薦したい奴がいたんだが……」
「断られましたか?」
シンは頷いてみせる。
「盗賊の話を聞いたか?」
「ええ。配給を奪っていたとか」
「奪って、無料で配り直していた。その首領なんだが、鯉の昇化の男を覚えているか。リーユイという男だ」
優美に首を傾げた東王は、しばらくして、その顔を明るくした。
「気難しそうな。そういえば、その近くの村の生まれだと言っていましたね。確かに、適任でしょう」
そうなんだが、とおいて、シンは続けた。
「やむにやまれず、とはいえ盗賊。しっかりと裁いてほしいと頼まれた。これで職など与えては、怒鳴られてしまうだろう」
うんうん、と頷きながら東王はシンの話を聞いている。
「あと――あ、いや、こちらはおそらく受け付けてもくれぬだろうが、関の衛士長のシュウという男。この一件で随分世話になったんだが、この者は町人からの信が厚く、守ることに長じているようだ。……この関は国の要衝だが、この二人ならば安心して任せられると感じた」
東王は考え込みながら黙りこみ、しばらくして口を開いた。
「それについては、私に任せてもらいましょう。考えておきます」
「ああ、頼む」
シンは応えるように頷いてみせると、向こうからも微笑が返ってきた。
ふと、むずがゆさを感じて、自分の脇腹に目をやる。檮杌から傷を受けた場所だ。もうすっかり治っているのだが、急いで治したところはまだ神経が過敏になっているようだ。何気なく、掻いたつもりだったが、水の向こうのその人は、心配そうな顔をしていた。自分と力を共有するこの少女はおそらく遠い地にありながら、誰よりも近くそれを感じていただろう。何でもない、と言ったが、向こうの表情は曇ったままだった。