高潔の士
結局はきっちり胃が満たされるまで食べて、シンは食後の茶を飲みほした。厨房の奥から主人が来て、買い出しの小僧が今日はもう使い物にならない、と諦めたように言う。ただ、シンが美味かった、と言うと、それは良かった、と主人は笑った。食事の代金だけ先に支払ってしまって、シンは一息ついた。
「東都からの旅人がいると聞いたが」
シンが顔をあげると、リーユイが盗賊仲間を連れて、店の入り口に立っていた。
「皆無事だったか」
シンが尋ねると、皆しっかりと頷いた。
「我々が関に向かってすぐに、獣共は引いたそうだ。深手を負った者はいない」
「そうか、良かった。あの町長はどうした?」
「奴はこの町から追放した。どこへとも好きに行くがよいとな。奴に懺悔の気持ちがあれば、東都へ向かうだろうが」
「そうか。それがいいだろう」
シンがそう言って頷くと、突然リーユイはその場で膝を折った。それを見て、シンは慌てて、リーユイにそれをやめるよう言う。
「俺は今、一介の旅人だ、叩頭するのはよしてくれ」
だが、リーユイは首を横に振った。
「貴公の正体を知って跪くのではない。この町や近隣の村々を救ってくれた恩人に対して、心からの謝意を述べるために私は膝をついているのだ」
リーユイはそのまま叩頭する。精悍な若者たちが皆額ずくのを見て、周りの人々の視線が、驚きを込めて彼らとシンとの間を往復する。
「此度の貴公の行いはまさに破邪顕正。この町や村々を救っていただいたこと、この地に住む一人の人間として、誠に感謝する」
彼らが頭をあげるのを待って、シンは好い、とだけ言った。尚も膝をついたままの彼らにシンは言う。
「頼むから、立って同じ目線で話をしてくれ。この姿でまで人を見下ろすのはあまり好きでないんだ」
シンがそういうと、リーユイはようやく笑みをこぼし、失礼した、と言って立ちあがった。
「思えば、町長の不正から、我々の行ったこと、あの魔獣だけではない、この地には多くの魔が巣食っていた。それらを全て、貴公が打ち払ってくれた」
「なに、しなければならなかったことを、今更になってやっただけだ。だから、恨みごと言われても、礼まで言われることはしていない。それよりも、皆には多く助けられた、こちらこそ礼を言わねばなるまい」
シンは渋い顔をして、そう言った。それを聞いて、男たちは顔を見合わせて笑った。
「何かあったか?」
シンは不思議に思って問い返す。
「いや、ここに来る途中で、貴公が言いそうだと予想したことが見事に当たったものでな。ならば、これはやはり言わねばなるまい」
シンは首をかしげる。リーユイは笑んだまま告げた。
「貴公はおそらくこのまま我々のことを不問にするつもりだろう。今の貴公を見ていると、恩賞まで賜りそうだ。しかし、我々は我々の行ったことを許すことはできない。だから、貴公の気持ち如何ではなく、罪に対して相応の罰を下して欲しいのだ。もし、我々に何かしてくれようというのなら、これが我々の願いだ」
シンはしばらく何か考え込むように黙っていたが、しばらくしてため息をついた。
「東王陛下に、そう伝えておこう」
そして、シンは苦笑し独り言ちた。
「やはり、旅に出て良かった」
シンはふと思い出して、リーユイに言う。
「お父上や妹君が心配している。すぐには戻れぬとは思うが、たまには顔を見せてやった方がいいぞ」
今度はリーユイが苦笑いを浮かべる番だった。
「こういう時ばかり意気地がなくて困る。本当は、私は妹に頭が上がらんのだ」
周りの男たちが笑う。なんとなくわかる気がする、とシンは応え、彼らの笑いに加わることにした。