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四神獣記  作者: かふぇいん
青の国の章2
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主として民として

 シュウが飯屋といったその場所は宿も営んでいるしっかりとした楼だった。始めは三人で卓子を囲んでいたが、そのうちに食べているのはシンだけになった。ファンが手持ち無沙汰(ぶさた)な様子でいて、シュウが案内してくれるというので、シンはファンに上着の替えと破れていた自身のズボンの替えを調達してくるように頼んだ。

 しばらくして、シュウと髪を結い直したファンが戻ってきた。一向に食べ終わる気配のないシンにシュウは驚いたように問う。

「まだ食べてたのかい? 献立書きの端から端まで食べてるみたいじゃないか」

「いや、もう一巡してしまったから、今は気に入ったのをまた頼んでいるところだ」

 シンの答えに、シュウは何も応えずに目を丸くした。そこにファンが包みから丁寧に畳まれた上着を取りだす。

「師匠、上着、これでいいですか?」

 シンは箸を置き、差し出された上着を受け取る。前の質素なものより、多少優美な意匠になっていたが、しっかりとした造りのものだ。色は変わらず、暗めの灰色だ。

「ああ、上等すぎるくらいだ。ありがとう」

 シンは礼を言うと、それを横に置き、再び箸を持ち直すと空になった皿を積みながら、ファンに言う。

「寝ずにあれだけ動いたんだ、疲れただろう。さっき上に部屋を借りておいた。湯屋も貸してくれるそうだ。先に休んでいていいぞ」

 ファンは一瞬迷った顔をしたが、シンが気にするな、と言うと、一礼して店の奥へと駆けていった。

「素直な子だな」

 シュウはそう言ってシンの斜め向かいに腰かける。

「俺があれくらいの時はもっと荒んでたなぁ。やっぱり、師が立派なんだろうね」

 シュウは空いた皿を下げにきた女中に茶を頼む。シンは半ば照れたように笑いながら、それに応える。

「いや、育ての親がしっかりしていたおかげだろう。まぁ、少し従順すぎる気もしてたんだが、あまり心配はいらなそうだ」

 そうだね、とシュウも頷く。やってきた女中から茶を受け取り、シュウは尋ねる。

「えぇと、俺はあんたのことをなんて呼んだらいいかね。いや、あんたが誰だかは知っているんだけどさ」

 困ったように頭を掻いて、シンの方から目をそらす。

「いや、本当はこんな口のきき方をしたらいけないんだろうけど」

 シンは食べる手を止めて、微笑を浮かべつつ、首を横に振った。

「俺は今、ファンの師で、ただの旅人にすぎない。だから、そんなに畏まらなくていい。……申し遅れた、シンという」

「シンさん、か。わかった。……あんたが来てくれてよかったよ。これで、町も近隣の村も助かる」

「いや、むしろ、遅くなってすまなかった。皆、苦しい思いをしていただろう」

 シンは俯く。シュウは茶を口に含んで、ゆっくりと飲み下すと(さと)すように言う。

「あんたのその格好を見て責める奴なんて誰もいないよ。本当に困った時に、青龍様がちゃんと来て助けてくれた。それがわかっただけで皆充分に安心するさ」

 シュウは椅子にもたれ、腕組みをする。

「町長の不正も俺が皆をなだめるのも、どっちも東王様の名を借りていたんだよ。東王様が言うことだから、東王様はこういう人だ、ってな。本当なら、俺達はちゃんと考えなきゃならなかったんだ。王様が立派なら、民だってきちんと自立した民でなけりゃな。今回ので、よくわかった」

 シュウの言葉が胸に沁みて、シンは息をついた。

「シンさん、あんた厳しくするの、苦手だろう?」

 シュウは意味ありげに笑みを浮かべて、そう言った。

「優しいばっかじゃあ駄目だ。たまには拳骨振るうくらいの気持ちじゃなきゃな! 俺は叩かれたおかげで育ったようなもんだ」

 湯飲みに残っていた茶を飲み干し、シュウはからからと笑った。立ち上がったシュウに合わせてシンも立ち上がる。

「シュウさん。今ばかりはこの国の守護として、心から感謝する。あなたの様な人がいた事を嬉しく思う。本当に有難う」

 シュウは頭を下げられたことに驚きながらも、照れたように笑う。

「育った国がいいんだよ。――俺はそろそろ家に戻るよ。これ以上青龍様に頭を下げさせてたら、それこそ獄に落ちちまう」

 シュウは店の外に足を向ける。

「あ、そうだ。これ拾ったんだが貰ってもいいかい?」

 シュウは懐から、握りこぶしほどの薄い鱗を見せた。檮杌(とうこつ)との戦いの時に剥がれたものだろう。傷は治っているから、その部分の鱗はもう揃っているはずだ。

「ああ、構わない」

「お守りにさせてもらうよ。青龍様の鱗っていったら、あんたがどう言おうとご利益あるだろうって。実際、あんたに会ってから、風邪がどっかに引っ込んじまったんだ」

 その言葉に、シンは苦笑する。

「少なくとも厄をもたらさんように、こっちも気をつけるよ」

 頼むよ、とシュウが笑い、シュウは店を出ていった。そう言えば、食べていた途中だったか。片付けたらいいのかと困り顔の女中に、まだだと告げて、シンはまた続きを食べ始めた。八分目でやめておこうか。

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