獣人の矜持
町長を連れたリーユイは関を離れ、町に侵入するために使った井戸に向かっていた。町長は連れて来る間、震えながら自分の身の心配ばかりを呟き続けた。走らせて、ちゃんと走るだけましだったが、井戸についたところでついに苛立ちが頂点まで来て、リーユイは町長の襟を掴んで止まらせた。
「貴様! 民を欺き、あれほどの魔を招いておきながら、まだ己の保身ばかりを考えているのか! 獣人としての矜持は、覚悟はどこへ行った!」
そう怒鳴りつけると、町長は身を竦ませながら、小声で返した。
「わ、私はもう獣人ではない……それに、私は脅されていたのだ。それに、あのような強大な力を前にしては、お前とて何も――」
町長が全て言い切る前に、リーユイは拳を振るった。
「なるほど、土地の気が貴様を見捨てる理由がわかったわ。お前は国の要職に獣人がつく理由を知っているか?」
町長は殴られた頬に手を当て、座り込んだまま、黙りこむ。
「魔が迫った時に、獣人ならば誰よりも早くそれに気付くことができるからだ! 確かな意思と力を以て、それに対応することができるからだ! 力を失ってなお権力にすがったお前など、魔獣に殺されていれば良かったのだ!」
リーユイは声を荒げた。その声に気がついたのだろう、散ったはずの関の衛士が明かりを手にその場に駆けつけてきた。リーユイは舌打ちする。この男はこれでも町長で、自分は賊である。何か言われれば、捕えられるだけの正当性をこの小男は持っている。そのことに町長も気付いているのか、安堵したような表情で衛士達に命令した。
「お前たち、この男を捕えろ、盗賊の頭だ! 捕えた者は特別に取り立ててやるぞ」
しかし、衛士達は冷ややかに町長を見下ろして、誰として動かなかった。少しして衛士の中央に立っていた男が静かにリーユイに歩み寄り、町長に告げた。
「俺達の中にはもう、あんたを町長っていって有り難がる人間はいないんだよ。俺達は東王の民であってあんたの駒じゃないんだ」
そして、その衛士はリーユイの方を向き、手を差し出してきた。
「あんたが、この辺で頑張っていた昇化の人だろう?」
リーユイは頷いたが、手を取らずに尋ね返した。
「私はあの男の言うとおり、賊の頭だ、捕えてなくていいのか?」
衛士は笑みを浮かべて首を横に振ると、リーユイの手をとってしっかり握った。
「俺は東の関の衛士取りまとめで、シュウってんだ。国のために働く男を捕えたら、俺が東王様、青龍様に怒られちまうよ」
その言葉に、リーユイも笑みをこぼし、故郷と自分の名を名乗った。その横で、落胆した表情の町長がぽつりと呟く。
「私とて、東王陛下と青龍様、そして、この国の民のために死のうと思っていた。しかし、結局人は不確かな存在より、目の前の力に引き寄せられてしまうのだ」
その時、町中に獣の吠え声が響き渡った。全員が関の方角を振り返ると、関は眩い光に包まれていた。そして、リーユイはそちらを凝視したまま、感動と驚きに満ちた声で言う。
「ならば、町長。今でもなお、あの存在を――あの御姿を不確かだと言うのか?」
全員が見あげるそこには、東を守護する仁の神獣、青龍が夜空にその身を翻していた。