東の守護者(1)
目の前で稲妻のような青い光が閃いた。檮杌の振り下ろした腕を防ぎ、押し返そうとする腕は、青い竜麟に覆われていた。檮杌の巨躯に対し、その影は小さい。
「この餓鬼……!」
シンは目を見開いた。ファンに青龍の力を貸し与えたのはほんの一時。その後、その力は消えたはずだった。だが、今目の前にいる弟子は、自分と同じように全身を孔雀藍に染めて立っている。檮杌が力を込めて押す腕を止めて、思い切り押し返す。同時に、場を覆っていた空気が震え、檮杌は離れたところまで弾き飛ばされた。
「ファン!」
シンが声をかけると、ファンの身を覆っていた青い光は爆ぜて消えた。そして、すべての力を出し尽くしたといわんばかりにその場に倒れこむ。檮杌が向こうで起き上がるのが見える。ファンと檮杌と、自分の体を見回して、シンは呟いた。
「俺は本当に、色んなものを軽く見過ぎたらしい」
壁を支えに立ち上がると、ファンを壁際に寝かせ、転がっていた刀を拾う。それをゆっくり鞘に収めると、シンは檮杌に向き直った。
「お前が一万年前に見た俺はどんな男だった?」
シンの周りを風が巻き始める。裂けた上着の間に見えていた傷が拭きとられるように癒えていく。シンは青い焔を檮杌に向ける。
「少なくとも、お前ほどの相手を侮ることはしなかったはずだ」
檮杌はシンの様子を見て、再び牙を見せて笑った。油断や誤算などという言葉は使うべきでない。目の前のこの魔獣を、封印しかできなかった男が自分ではなかったか。
「俺は弱くなった。加減などしている場合ではない」
シンの周りの風が一層強くなる。檮杌の顔に緊張が走る。だが、そこにあった笑みは更に深くなっていた。
「その刺すような眼、覇気。ああ、それだ……! 殺す気で来い!」
檮杌は呟く。そして、その溢れる力をはち切れんばかりにいきわたらせると、空気を震わせて咆哮した。獣の聲が夜を引き裂くように響き渡る。シンはそれに負けぬような声で叫んだ。
「東方の守護、青龍。ここに神獣としての姿を現す!」
シンの周りの風が全て光に変わる。再び夜がそこを包んだ時、そこには一匹の魔獣と、木行の具現である神獣が静かに対峙していた。