師弟
目の前に黒い影が差して、シンは閉じかけていた目を開けた。血が顔にかかる。シンは眼前の光景を見て、霞んでいた目が一気に冴えた。
「ファン……!」
血で詰まった喉から、控えさせておいたの弟子の名を絞り出す。こちらに向けられていた檮杌の手から血が滴る。腰に差しておいたはずの刀を手にして、ファンは檮杌に向き合っていた。シンを背に、まるで庇うように。
「やめろ、さがれファン……」
ほとんど聞きとれないような声で、シンはそう言ったが、ファンは振り向かずに首を振った。檮杌は驚いたが、その顔にはすでににやにやと笑みが浮かんでいた。
「師が弟子を護るなら、弟子が師を見殺しにするわけにはいかない」
ファンは自分に言い聞かせるような声色で、そう言った。檮杌は自分の掌の傷を舐めとると、ファンを見下ろし、さも面白そうに尋ねる。
「へぇ、弟子なのか、てめぇは」
「そうだ!」
ファンは声を張り上げた。刀は檮杌の方を向いているが、切っ先は見てわかるほどに震えていた。解けたままの金色の髪が汗で首筋に張り付いている。
「てめぇじゃ、俺は倒せねぇぞ? それに見てわかんだろうが、俺は手加減ができねぇ」
檮杌は長い尾を軽く振って、傍の石を割って見せる。
「悪いことは言わねぇ、大人しくどけよ。で、こっちに来い。てめぇを殺すわけにはいかねぇんだ。腕が一つ欠けただけだって、相当痛ぇぞ?」
繰り返される檮杌の言葉にも、ファンは頑なに首を縦に振らなかった。
「おれがどけば、お前は師匠を殺すだろう?」
「んん? 当り前だろ? そいつが生きてりゃ、俺が殺されるんだ」
「なら、退かない!」
ファンは刀をしっかりと握り直し、そう言い返した。それを聞いて、檮杌は高々と笑い声をあげた。そして、ファンを見据えると、再び尾を振るった。しっかりと握っていたはずの刀は宙に舞いあげられ、離れたところに転がる。
「聞き分けの悪い餓鬼は嫌いだが、俺はてめぇみたいな馬鹿は結構好きだぜ? ――もう一回だけ言うぞ。そこをどけ!」
「嫌だ!」
ファンがそう言うと、檮杌は腕を振り上げた。
「これで死んでくれんなよ!」