神話の神と魔
シンに言われたように、ファンは少し離れたところに下がったが、檮杌の振り回す腕を見ていると、昼間の恐怖がよみがえって来た。その足でもう少し下がったが、離れるな、とも言われたことを思い出して止まった。
目の前に広がる光景は既に人の業ではなかった。いや、それを為している者達が人の枠に収まっていないのだから、当然なのかもしれない。暗闇の中、時々シンの鱗が月明かりに煌めいて、星の瞬くようだった。
そういえば、以前助けてもらった時も、シンのあの姿を見たのだったか。あの時はただただ必死でよく見ていなかったが、今なら暗い中でもよく見える。額に戴いた二本の角は牡鹿のように枝分かれし、銀に似たつやがある。髪も襟足くらいまでに伸びているだろうか。普段の姿よりずっと竜に近い。リーユイが守護者、と呼んだように、今の姿ならば東を護る青龍の姿だと確かに思う。
最初は眼でなんとか追えたが、しばらくするとお互いの攻撃が激しくなって、追いつかなくなった。檮杌の腕が切る風の音と、金属のような何かがぶつかる音、二人が忙しく運ぶ足音、そして、時折檮杌とシンが戦う中で何か話す声がその場に響いていた。
シンの爪が光って見える、ということは、爪を攻撃の手段として使っているということか。帯刀しているが彼が刀を抜いたところを見たことはない。その上に、あんなに鋭い爪を持っていても、今見るまでそれを使ったところを見たことがなかった。それだけ、檮杌は強い敵だということなのか。
一万年、と檮杌は言った。それをシンも生きてきたのか。ファンは通常の人よりも長く生きる者がいるのは知っていた。バクがそうだったからだ。物心ついた時から少しも姿が変わらぬ仮親を見ながら育ったために、そういう者が存在していることにそう驚きはない。しかし、そうといっても一万という年月は自分には想像も及ばない、途方もない時間だ。山のような檮杌を軽々と飛び越え、次々に繰り出される攻撃を避けるシンが、また遠い存在に思える。そうして、比べられもしないのに、自分の無力さだけがひしひしと感じられて、胸が痛んだ。