鯉魚の男(2)
倒しても、獣たちはまるで増えているかのように次々に向かってきた。闇の中から湧くように襲い来る獣たちを、迎え撃つこちらは有限であるから皆の消耗が目立ってきた。恐らく朝になれば奴らは引くだろうが、陽が昇るまでこちらがもつとは思えない。
「きりがないな……! ファン、大丈夫か!」
ファンから返事が返ってきたのを確かめたが、疲労が混じっているのはわかる。これ以上長引けば、誰が倒れてもおかしくない。
「東国の守護者よ!」
シンやファンから離れた場所でリーユイが叫ぶのが聞こえた。男たちに何か指示を回していたらしい。川の底が露わになるほどの水を獣の群れにぶつけ、波にさらわれた獣を川下へ押しやる。
「ここは皆に任せてくれ。獣を操る者を倒さねばならないのだろう? 関の町まで案内する!」
「門を開けさせられるのか」
「ここで説明している暇はない!」
尋ねたが、リーユイはただ、ついてくるようにとだけ言って走り出した。周りの男たちも追うように急かし、シンとファンは礼を言うと、リーユイを追って駆けだした。上流へと川沿いを走ると、石を積んだだけのような古井戸にたどり着いた。辺りに明かりはなく、水は光を吸い込んだように暗い。
「この川がもっと大きかった頃に、関の町が作った水路がある。今は遥か地下の空洞に地下水として流れるだけだが、遡れば関の町の井戸に出る。町長に会うために何度か使った道だ」
そう言うと、リーユイはその身を鈍色の鱗で覆い始めた。足はひれのように薄く大きくなり、見る間に半魚の体を成して井戸の中に飛び込んだ。着水も静かに、リーユイは続けた。
「息が切れる前に、必ず向こうまで送り届ける。約束する。準備ができたら、充分に息を吸い込んでから飛び込んでくれ」
井戸の底から水音と声が響いてくる。井戸の底を覗き込むファンの顔には心配の二字がはっきりと浮かんでいる。おそらく、自分もそうだろう。しかし、行かねば道はない。そして、向こう側ではあの魔の者が手ぐすね引いて待っているだろう。
「行くぞ、ファン」
シンは井戸の淵に手を掛け、呼吸を整えると、井戸の中に身を投げた。水は身を切るように冷たく、水底は獄へと続くかのようだった。上で水音がする。ファンが飛び込んだのだろう。刀が離れていないのを確かめ、体勢を立て直そうとすると、何者かが腕を掴んだ。人の掌ではない。恐らくリーユイだろう。次の瞬間には、水の圧に負けるような勢いで、二人は水のくる場所、関の町へと引っ張られていった。