鯉魚の男(1)
数分も立たず、男たちは気絶するか戦意を失うかして、襲ってこなくなった。ファンは上着こそ僅かに切られていたが、立ちまわりながら二、三人倒したようだ。稽古をつけた時にも思ったが、バクが護身を身に着けさせたこともある上に、どうやら元からの筋がいいらしい。
「貴様ら……!」
天幕の横で成り行きを見ていたリーユイは怒りの形相でこちらを睨んだ。そして、露わになっている肌の部分が次第に錫色の鱗に覆われていく。それらはかがり火に照らされ、金属のように夜闇に映えた。途端に傍で緩やかに流れていたはずの川が波立ち始めた。リーユイがこちらに向かって掌を向ける。その掌には魚のひれのように水かきがついていた。
「ファン! 伏せていろ!」
ファンは急いで地面に伏せたその上を拳ほどの水の塊が過ぎていく。後ろの方で木の軋む音がした。水弾があたったのだろう。シンもしっかりと避けたようだが、川からはいくつも水の玉が浮かび上がってこちらへ飛んでくる。水弾を受けた木を見れば、人の身などひとたまりもないのがわかる。シンは水弾を避けながら、魚鱗を纏う男に向かって駆けだした。
「く、来るな!」
水弾の数と勢いが増す。シンは足をも竜化させると、一跳びで一気に間合いを詰める。つきだされていた腕を取り、力を入れて握った。リーユイが顔をゆがめ、痛みの呻くと同時に、水は全て地面に落ち、吸い込まれていった。リーユイはシンの顔とその龍化した腕とを見て、困惑と嘆きを浮かべて、呟いた。
「王の臣下よ。それほどの力を持ちながら、何故今になって現れたのだ……もっと早く、気付くことはできなかったのか。誰かが犠牲になる前に!」
シンは眼を伏して、掴んでいた腕を放した。腕は人の腕に戻っていた。リーユイはその場に座り込む。
「私はここから動かん。盗賊の罰は受けよう。だが、それは俺だけにしてほしい。他の者は故郷を想い、ただ私の泣き言についてきてくれただけなのだ」
地面に伏されていた男たちから、すすり泣くような声が聞こえた。シンは首を振った。
「言ったはずだ。俺達は真実を伝えに来たのだと。国を憂いて立ちあがったものを罰して何になる。――王も、俺も万能ではない。だから、お前たちのような者の力が必要だ。それを見通したからこそ、お前に力を与えた」
リーユイはハッと顔を上げた。シンの眼を見つめると、静かに叩頭した。そして、立ち上がる。
「略奪の徒は今を持って解散する。もとより、周辺の村の勇士だ。もしこれより困ったことがあれば、我々はすぐにでも駆けつけよう」
感謝の言葉を述べて、シンが差し出された手を取ろうとした時、ファンの声がそれを止めた。
「師匠! 何かに囲まれています!」
シンはかがり火から火のついた薪を取って投げると、それに照らされたいくつもの赤い双眸が周りを取り囲んでいるのが見えた。唸り声が地を這う。獣の群れだ。
「檮杌め、やってくれる」
生ぬるい風が獣の臭いを運んでくる。シンは再び構えを取り、腕を竜化させる。ファンは転がっていた棍を手にして、構えている。盗賊だった男たちもめいめいに武器を取ると、襲いかかって来た獣たちを迎え撃った。