盗賊のねぐら
谷を流れる川は雨の影響もあって濁っていたが、水はだいぶ引いていた。川べりの平地に盗賊達はいくつか天幕を張って根城にしているようだ。日が暮れたのもあって、かがり火がたかれ、火の横に見張りが立っている。
「下手に小細工すれば面倒だな、行くぞ、ファン」
二人は一番近い見張りの男に歩み寄る。暗闇の中から突然出てきた二人に、見張りは腰の刀を抜いて、怒鳴った。
「誰だ、てめぇら! 何の用だ!」
刀の先が喉に向かっていても、シンは平然として応える。
「東王の臣下だ。話があってきた。リーユイという男を出せ、知らせたいことがある」
見張りの怒声を聞きつけて天幕から盗賊達が続々と出てくる。二十人くらいか。二人を囲むように集まってくると、警戒の目を向けてきた。見張りは刀を下ろさず、言った。
「頭領はいない。言伝があるなら伝えてやる、さっさと帰るんだな」
「ならば、待たせてもらう。嘘を伝えに来たのではないからな、信用してもらえるまではここから動かん」
そう言ってシンはその場に腰を下ろした。ファンも傍に腰を下ろし、周りを見回して周囲の出方を窺った。シンの態度に、見張りはたじろいでいた。
「立ち去れ。じゃねぇと痛い目みるぞ!」
そう言って、見張りは脅すように刀をシンに向かって振りおろした。寸でのところで止めるつもりのようだったが、肩に届く前にシンが竜化した腕でその刃を掴んだ。刀の腹に爪をたてると、刀に爪が食い込み、ひびが入った。次の瞬間には刀は中ほどで砕けて河原の石に当たり、音をたてて散らばった。
周りの男たちが息を飲む音が聞こえる。次第にそれはざわざわとした話し声に変わり、中から声がひとつ飛び出した。
「頭領を呼んで来い! こいつ獣人だ!」
「――その必要はない。もう来ている」
男たちの後ろから、静かな声が響いた。先ほどまでのざわつきは水を打ったように静かになり、天幕の方にいた男たちはその声の主に道をあけた。
「お前たちは、昨日村にいた奴らだな。私に何の用があって来た」
首領はシンの前に座すると、せせら笑うような笑みを浮かべてこちらを見た。
「東王の使いだったとはな。謝罪でもしに来たか? それとも、荷を奪わぬようにとでも頼みに来たのか?」
「違う」
シンは真っすぐにリーユイを見据えた。
「お前に真実を伝えに来た」
「真実、だと?」
「簡潔に言おう。王からの配給に値がついているのは、ある者の指示によって、関の町の町長と配給役の官がやったこと。王も既にご存知である。官はすぐに処罰されよう。配給の値は取り消させた。よってこれ以上の略奪は無意味だ、すぐにやめろ」
「何を言うかと思えば、結局荷を奪うなということではないか。で、そのある者とは誰のことだ?」
「――檮杌」
シンがそう言うと、リーユイは目を丸くしたが、すぐに大きな声で笑い始めた。そして、笑みの中に怒気を含めて言う。
「東王府も堕ちたものだな。未だに神話のような作り話を信じているとは」
シンはリーユイから目を逸らさずに言い返す。
「堕ちたのはどちらか。東王府へ来た頃のお前はもっと志の高い人間に見えたが。己の眼で真実を見極めんとする、実にまっすぐな男だと思っていたが、今こうも猜疑にまみれていようとはな。そこまで眼が曇れば何も見えまい」
「言わせておけば、好き勝手なことを。お前が何を知るというのだ。今頃になって来たかと思えば、虚言を並べるばかりだ。気に入らん。――このまま帰れると思うなよ」
リーユイは立ち上がるとこちらに背を向け、男たちに合図した。盗賊達はそれぞれに刀を抜き、二人に向かってじりじりと間合いを詰めた。シンはそれを見回しながら、立ち上がった。
「ファン、出来る限りでいい。刃物もある、無理になったらすぐ伏せろ」
ファンは黙って頷いた。シンは両腕を竜化させる。二人が背中合わせに構えを取ると、男たちは飛びかかって来た。