世に潜む力
周りが木々ばかりになった頃、シンは辺りに人がいないのを確認して言った。
「お前が見たその男は、おそらくお前を見つければ、あの獅子の双子のように狙ってくるだろう。だが、力はあの男たちや獣堕など比較にならん。あの男に会ったら、俺から離れるな」
「はい。……あの男は、何者なんですか」
「おそらく、檮杌。遥か昔にこの地に封じられたはずの、魔獣の一人だ」
シンが刀の柄をぎりりと握る。その表情は険しい。それを見るに、ファンが感じた恐怖は間違いのないものなのだ。
「町長と話をしていたのなら、俺のことにも気付いているだろう。出会わずに済めばいいが、そうはいかないだろうな」
「……どうして、俺は狙われるんですか。太極とかいうのも、俺の……あの夢と何か関係があるんですか。教えてください、師匠。俺は自分のことも、師匠のことも何もわかりません」
御しきれぬ不安を声にのせながら、ファンは問うた。ちょうど峠の一番上まで来た頃、関の町からの鐘の音が細く聞こえてきた。見せて貰った地図によれば、盗賊達はここから道を逸れ、谷の底の方にいるはずだ。息をついてシンは足を止め、ファンの方へ振り返る。
「土地にはそれぞれ護虫という天が配した力の塊がある。東なら鱗虫、つまり、鱗のある生物の力、というようにな。誤解されがちだが、獣人が天や土地から力を得て使っているんじゃない。その土地の護虫が獣人を介して、その力を地上に具現させるんだ。そして、御柱の土地を具現しうるのが、太極」
「御柱の?」
シンは頷く。周りの木々の間を夜の影がだんだんと埋めていく。
「可能性がないんじゃない。四方を統べ、災い為す獄の力を抑え込む御柱の力を受けて、あらゆる可能性を持つのが太極、つまり、ファン、お前だ。太極を得れば獄の連中はこの国を手中に収めようとするだろう。だから、お前を追う」
「さっきの檮杌っていう奴も」
「そうだ。だが、奴らからは俺がお前を守る。バクとそう約束したからな。それに、奴らがこうして地上に出てきたのは……おそらく、俺に原因がある」
シンは再び歩き出した。道のない暗い山道を谷に向かって下っていく。ファンはその背をしっかりと追いながら、シンの話の続きを待った。
「必死のことで覚えていないかもしれないが……あの獅子男共の件で、俺はお前に青龍の力を与えたな。この国で青龍の力を扱えるのは、東王とその守護獣――青龍そのものだけだ」
「じゃあ――」
ファンは駆けだして、シンの表情を窺おうとした。頭の中はまだ混乱したままだ。もっと聞かなければ、この頭の中の思考の渦はきっと止まらない。
が、シンの前に出ようとして、シンが出した腕に止められた。見れば、下の方に微かに明かりが見える。谷の底を流れる川の音と馬の嘶き。
「黙っていて悪かったな。後で話すつもりだったんだが、かえって不安にさせたか」
そして、シンは谷の底の方を窺いながら、辺りを見回し、下へと降りられる道を探す。そして、ファンについてくるように言った。
「続きはこの件が終わったらきちんと話す。今は、盗賊達の相手が先だ。奴らが素直に話を聞いてくれればいいんだが」
ファンは静かに返事をして、後ろに下がった。そうだ。何にしろ、今自分は彼の弟子であり、彼は自分の師なのだ。今はそれだけを把握していれば充分だ。
崖のようになっている山肌を滑り降り、二人は盗賊達の根城へと足を踏み入れた。




