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四神獣記  作者: かふぇいん
青の国の章2
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魔獣の徴

 梯子(はしご)は地面から少し浮かせて壁に取り付けてあった。助走をつけて地を蹴って、梯子にしがみ付く。背負った荷物を落とさぬように姿勢を立て直しながら、上へと登り始める。今までの経験からいって下手な落ち方をしなければ死なないだろうが、やはり関の扉自体が大きいために建物自体も随分高さがある。怪我をすれば面倒だ。念のために陸棟(ろくむね)の部分に手を添えて、足元に注意を払いつつ、書状のところまで進む。書状は鉄紺(てっこん)の瓦の間に挟まる様にして引っかかっている。滑り落ちてしまわぬように気をつけながら、ぐっと手を伸ばして書状を掴んだ。屋根の上の土埃で少し汚れてしまっていたが、青い竜の印はきれいなままだ。ほっと息をつくと、ファンはそれを再び上着の内側にしまった。

「……しかし、王の直下の者に何かあれば……」

 話声が聞こえて、ファンは耳をそばだてた。そういえば、すぐ下は町長の部屋だった。シンの声は聞こえないが、部屋にいるのは町長だけではないようだ。荷物が転がらないように足で押さえると、逆さに上半身だけ屋根から下にぶら下げた。手で屋根の縁を掴んで、なんとか落ちないように下の部屋を(うかが)う。さすがにこんな恰好で関所の屋根にしがみついていれば、誰かに見とがめられるだろう。だが、妙に下の様子が気になって、ファンは開いた窓から室内の様子を眺めた。

 窓からは町長の姿がよく見える。そして、その横には部屋の大きさに不釣り合いなほど大柄な男が立っていた。シュウの言っていた大男に違いない。

 風の音でとぎれとぎれだったとはいえ、大体のことが聞きとれた。シンに伝えなければ。どうしたらいいかはわからないが、シンなら何か良い対処を考えてくれるはずだ。上体を起こそうとして、急に背筋がぞわぞわとして、室内に視点を戻した。轟音がして、町長は窓からの死角に消えてしまった。関所を震わすような振動に、ファンは屋根の縁を掴んでいる手に力を入れた。大男の姿がおかしい。腕は人間のものではなく、いつか見たような獣の腕だ。否、それよりもずっと凶悪で、体の芯から震えるような恐怖を与えた。怖い……怖い!

 手が震える。指先にまで力が入らない。冷や汗が胴から首筋まで下がってくる。早く、シンのところへ戻らなければ。きっとあれは、今決して出会ってはならない。特に独りでは。

「うわっ!」

 急いで戻ろうとして、屋根につき直した手が滑って空中へ泳ぐ。汗で滑ったのか。体重はその腕にかかっていて、ファンはそのまま落下した。荷物も弾みで一緒になる。

 落ちる。荷物も。このままだといけない。ファンは夢中で宙を掻いた。伸ばした右手が届いた窓の(さん)を掴む。もう片方の手でシンの刀を掴み、荷物の袋を両足で捕える。とっさのこととはいえ、自分を含め下に落ちずに済んだようだ。

 ファンはひとまずの無事に息をつこうとしたが、捕まる右手の横に踏み下ろされた足に、その息をまた飲みこむことになった。あの大男が窓から身を乗り出している。少しでも目線を下にやれば、向こうはこちらに気付くだろう。男の正体は知らないが、気付かれたら終わりだと、予感が体を駆け巡る。ファンは体の隅々まで硬直させた。一呼吸でも、心臓の音でさえも、気取られぬように。息を潜めつつ、間近にその男を見た。腕は人の腕に戻っていた。挑戦的に天に向かう下顎の牙と、羽織っただけの上着から除く大きな傷。そして、先ほどまで上着で隠れていた、わき腹の刺青。牛の角のような模様だった。

 荒い呼吸のその男は窓を蹴ると屋根の上にあがった。男の気配が屋根の反対側に移動したのを感じて、ファンは左腕の刀をとりあえず室内に投げた。そして、両腕で窓の枠を掴んで、室内に転がりこんだ。足の荷物を確かめ、室内を見回した。町長らしき男は机に突っ伏していた。ファンは慌てて近寄って息をしているか確かめた。どうやら気絶しているだけのようだ。町長が呻きながら身をよじったので、ファンは慌てて刀と荷物を持ち、部屋の扉から廊下へ出た。説明するのは、かえって騒ぎが大きくするだろうし、何よりあの男と話していた町長には信がない。

 下まで降りて外に出るとシンが待っていた。シュウに何か話を聞いていたようだが、ファンの姿を見て、シュウがこちらを指差して何やら話したところをみると、行方を聞いていたようだった。

「ファン。どこまで行ってたんだ?」

「師匠……あの」

 ファンの体に、先ほどの恐怖が戻ってくる。言葉が途切れ途切れにしか浮かんでこない。ファンのその様子を見て、奇妙に思ったのだろう。衛士も横で心配そうにこちらを見ていた。シンはファンの肩を抑え、静かに問う。

「ゆっくり話せばいい。何を見て、何を聞いた? とりあえず、しっかり息をしろ」

 ファンは言われたように、深く空気を吸い、呼吸を整える。そして、シュウから聞いた話と、書状を追って上まで行ったところから順を追って、漏れのないようにと話し始めた。


 話が終わると、シンは黙ったまま腕組みをした。

「だから、このまま盗賊達のところへ行ったら、大変なことになると思います」

 ファンがそう言うと、シンはしばらく考えこみ、首を横に振った。

「いや、行こう。そういう話ならかえって奴らにも知らせてやるべきだ」

「でも、あの男の言うとおりにするのは……」

 ああ、と頷き、シンはシュウの方に振り返った。

「シュウさん、だったか。頼みたいことがある」

「ああ、なんでも言ってくれ。できることなら手伝うぞ」

「すまない。俺達はここから盗賊達のところへ向かう。町長は俺達に兵をつけるだろう。あんたにはその兵たちに途中で引き返し、事が済むまで潜んでいるように伝えて欲しい。巻き込まれればことだ。必要なだけ、真実を伝えていい」

 シュウは頷いて、すぐにでも、と関所の中に入っていった。シンは預けた刀を受け取ると、陽の高さを確かめる。

「急いだ方がいいな。陽が落ちれば門が閉まる。出られなくなれば厄介だ」

「師匠」

 ファンの声に、シンがこちらを向く。

「おれもついていっていいですか。――足手まといになるなら、残ります。でも、出来る限り、力になりたいんです」

 ファンがそう言うと、シンはしっかりと頷いた。

「当然だ、ちゃんとついて来い。俺はお前を足手まといに思ったことなど、この旅で一度もない。だから、出来る限り自分の身は自分で守れよ」

「はい!」

 二人はまず街の外に出るために、街の入り口に向かって歩き出した。陽が落ちるまで時間がない。足早に門の外に出ると、村のあった峠の方へと進んだ。

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