旅に備えて
西王による裁定のあと、一座の手伝いをしようと宿房の方へ行くと、明日まで秘密だと追い返されてしまった。明日は、自分もお客様だからだと。
その後、シンと一緒に町へ出て、これからの旅の支度をすることになった。一日立ったせいだろうか、町は饕餮の一件などなかったかのように、来た頃と同じように賑わっていた。通りを行く人達は忙しく、商いの声は絶えることがない。かねを打つ音の中で町を歩くと、火の匂いを纏った温かな風が吹き、谷からの風は足元をさらって冷たい。谷の風は底を吹くのか、どこか何かの鳴くような声が混じっているように思った。
ここから先の道は、今よりももっと冷えるのだという。じゃあ、綿入れを、と思ったが、それでもまだ足りないとシンは笑って応えた。自分がいた町は東の中でも南に近かったから、それ以上に寒いとなると、想像がつかなかった。
「寒いって氷が張ったり……ですか?」
「お前は、雪を見たことはあるか?」
尋ねると、少しばかり楽しそうな顔でシンが尋ね返してきた。
「いえ、先生から話だけ聞いたことはあります。上から白い氷が降るんだって。でも、先生も町に来てからは見たことないそうで」
「浅水は南にあるからな。それに、近頃は……とは言っても、ここ百年くらいだが温かい。北の方の雪も減ったと聞く」
数百年、という単位にファンは、ため息がこぼれた。きっと、先生が見たという雪も、シンが今思う雪もきっと、ずっと遥か昔のことなのだ。
「北にはずっと消えない雪があるというぞ、氷の上を歩くかもしれん。だから、支度がいるんだ」
買い物に出て、多少多くなった荷物を抱え、王宮へ戻る。荷を抱えるのに、紐がいるかもしれない。何か、結わえるものを、と見回して、シンの腰に目が行った。剣の封が切れている。
「師匠、もう夙風は大丈夫なんですか?」
少し先を歩いていたシンが振り返り、足を止める。
「ん、ああ。うっかり紐を切ってしまってな。だが、まぁ特に不便なこともない。借りていたのに済まなかったな」
「ひとつあれば足りますから、大丈夫です。何もないなら良かったです」
「いや、予備もあればいいだろう。……荷を括る紐もいるだろう?」
「はい!」
応えて、シンの横に走り寄ると、ひゅうとまた冷たい風が吹いた。谷の風だろうか、確かに今の格好では寒い。覗き込んだシンの顔も険しい、もっと寒くなるならもっとちゃんと支度をしなければ。