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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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裁定

 目が覚めると、日はすっかり高かった。シンは布団を跳ねのけ、寝台から起き上がる。今は何時なのだろう。力を使ったことを考えると、下手をすれば丸一日寝ていた、ということもあり得る。

 饕餮を封じ、西王を見送った後、部屋を借りるのに誰に声をかけたらいいか、と辺りを見まわした。すぐに、女官が進み出てこの部屋に通してくれたが、その後はもう倒れこむように眠ってしまったから、後のことは定かではない。

 気がつくと、横で眠っていたはずのファンの姿はない。先に起きたのだろうか、起こしてくれて良かったのだが。解けていた額の布を締め直し、封をされたままの夙風を帯びた。支度はもう殆どが出来ているはずだが、北への道はまた今までの道とは趣が違うと言う。誰かに聞いて、旅の道に不便が無いようにしたい。いつ発とうか。本当ならば、一座の公演を見てから出るつもりだったが。

 扉が開いたのに気付いて、そちらを見やる。ファンだ。

「あ、目が覚めましたか、師匠!」

 ああ、と頷き。少しの疲れも見えない弟子の姿をじっと見やる。

「お前が起きた時に、起こしてくれても良かったんだぞ。……あれからどれくらい時間が経った?」

 問うて、部屋の窓を開けた。確かに、空気も秋風とはいえ日中の温みを帯びている。

「おれも今朝やっと目が覚めたんです、丸一日寝ていて。あれが、昨日の明ける前で、一日半もう経っています」

「そんなにか。許しがあったとはいえ、さすがに甘えすぎたな。そういえば、宿は」

「聞いたら、もう王宮の人が既に引いてくださっていて。荷物を預かっておいてもらいました」

「ありがたい話だ」

 応えて、しかし、と頭をかいた。改まって礼を言われるのは、あの王の好むところではなかろうが、言わなくては。それに、二極封の件がある、少しでもそれがもつ危うさについて話しておきたい。息をついて、夙風を見やる。特に、自分がこんな状況であれば。

「そういえば、どこに行っていた?」

「ダオレン達のところに。水盆鏡を借りたんです。ちびのことについて、先生ならもしかして何か見えないかなって思って」

「バクにか。……鏡を通して、きちんと見てもらえたか?」

 ファンがしっかりと頷いた。そういえば、三柱の神獣をの力を得たというのに、ファンは随分と落ちついて見えた。否、力を得たからか。不思議なものだ、とシンは頬を緩め、寝台に再び腰を下ろした。

「見える限りでは、ちびのお父さんもお母さんも、もういないだろうって。しばらくは、辛い夢を見るかもしれないって。――でも、俺はきっと一座の皆といれば、大丈夫だと思うんです」

 きっと、親を失った子だからこそ、子が親を求める力を饕餮がここへ来るために使ったのだ。それを思えば、饕餮の足になったとはいえ、そのことは結果的に幼子の命を伸ばした。

 そして。水盆鏡が、互いにやり取りできるものは、その術者同士が良く知るかどうか、また、互いの力関係に大きく左右される。最低限出来るのは会話だが、小さな物のやりとり、ましてや水面を通して、術や力のやりとりをするなど、よほどの者同士でなくてはできない。おそらく、バクは相当に驚いただろう。数日前とまるで違うこの姿に、この姿にきっとあの仮親は、自らの予感に不安すら抱くはずだ。

「あの座長なら、悪いようにはしないだろう。……そういえば、座長の処遇はどうなる。もう沙汰は出たのか」

「いえ、それはまだだって聞きました。でも……」

 ファンが俯いた。ただ人から見れば、魔獣の収まった子をここまで連れてきて、座長その身を魔獣に渡して都に危険を及ぼした者に見えるだろう。

「あの童のことはな、一緒にいて気付けなかった時点で、俺にも責任があるだろう。うまく減刑できればいいが」

 話していると、扉を叩く音とともに、こちらを呼ぶ声がした。

「お目ざめだろうか、東の御客人は」

 返事をしてやると、そこには文官の長らしき男が立っていた。イーホウ、といっただろうか。

「西王陛下がお呼びです。あの一座への裁定にお立ち会い戴きたいと」

「すぐに向かうと、御返事願いたい」

 願ってもないことだ、元よりそうしようと思っていたところなのだから。

 

 二人が着くと、謁見の間には座長とあの舞子、幾人かの若手が通されていた。西王の姿はまだない。座長はこちらに気付くと、苦々しげに笑って見せた。もうとうに観念している、といった顔だった。他の者の顔には緊張が張り付いている。

「陛下がおいでです」

 誰とも付かぬ声に、皆揃って平伏した。颯爽と頭上を通り過ぎる白い衣と風。足音は二つ、白虎もいるのか。好い、の言葉で顔を上げると、西王は正装していた。大抵、国の重要な儀式ほどしか王の正装は見る機会がない。それにこの王はよく動く、邪魔になる格好は好まぬように思ったが。

「数刻寝れば充分、昨日の朝儀に起こせばいいものを。おかげで沙汰がこんなに遅れてしまった」

 西王は口を開き、一座とこちらとを見回した。

「よく眠れたようだな、青龍。……逆に、眠れたか? 雲海座の」

 好い、と言われても未だに顔を上げられずにいるダオレンに、西王はにやり、と笑んで問うた。ダオレンは、ただ一言強張った声で、いえ、と応えた。

「さてな。座長。沙汰、と言ったくらいだ、どうなるかはわかっているな」

「は、ですから。此度の罪科はすべて私の上に――」

「そうもいかぬ」

 粛々と応えるダオレンの言葉を、西王が遮った。そこでようやく、ダオレンははっと顔を上げる。きっと、一人で罪を被るつもりで来たのだろう。

「黙っていれば解らぬものを、魔獣の憑いた貴様を見て、お前の後ろにいるそのもの達は、口を揃えて自分達の座長である、と言った。それに、貴様らが連れてきた子供。あれが魔獣をここに持ち込んだのだ。罪を犯した者が何かに属するなら、その場の者も少なからず罪を負うのが道理だろう。一人の為に長が罰を受けるのなら、長の為には皆が罰を受ける。間違っているか?」

 異論があっても、ここで王に対して違うとか言い難い。当然ながら、反する声はなかった。黙っていれば、良かったのに。唇は確かに、声は微かに、ダオレンが呟く。

「此度の件に関しては、一座全てで罪を負え」

 くっ、と詰まった息が零れる。どれほどの罰が下るというのだ、王の身をも危ぶめた罪が軽いはずがない。

「西王、そのことだが」

 ならぬ、とシンは声を上げた。が、それは西王の手によって制された。

「口を出すな、青龍。貴様らを呼んだのは、どうせこの者たちの沙汰を気にして、聞いてくるだろう、と思ったからだ。二度も説明するのは面倒だからな」

 そして、西王は衣の裾を払い、玉座の上で片膝を組んだ。そして、悠々と肘かけに肘をつく。

「しかしな、この国の法が及ぶのはこの国の民だけだ。口惜しいことに、流氓(りゅうぼう)の貴様らを好きには裁けん。俺は、貴様らをこの国の民と思ったことがないからな」

 一座の全員が下げていた視線を、西王に注いだ。いつものように、にやり、と笑いながら、西王は続ける。

「その上に、参ったな。一座の何もしていない者まで、俺はまとめて牢に入れてしまった。王とはいえ、自分で招いた旅一座を、解らぬままに捕えたとあれば、恥だ」

 少しもその言葉の意を含まぬ声色でそう言うと、西王は前へと姿勢を屈めて、指を立てて見せた。

「どうだ、取引といかないか、座長。罪は消せぬが、俺は裁けぬ。また、罪人は居たが、そうでない者も捕えてしまった。ならばどうだ、俺の罪と貴様らの罪、双方量った上で相殺するというのは」

 感嘆の息の音と共に、皆の目が開かれた。

「いや、少しばかり甘いか。ならば、民達への公演は無料で行うというのはどうだ?」

 傍らでずっと心配そうな顔だったファンがその顔を明るくするのがわかった。音がしそうなほどに勢いよく、ダオレンは床に頭を付けた。

「ありがとうございます、それが罰だというならば、謹んでお受けいたします。元より、首を置いて行く覚悟にありました。ならば、それしきのこと、苦ではございませぬ」

 西王は短く息を吐く。

「人の首など貰っても金にならぬ。生きてなければ金は生まれぬ。――それよりも」

 西王が立ち上がり、ひらめく衣の裾を見ながら言った。

「新たに舞を作ると聞いて、しばらく経った。そういえば、平服ばかりでいたからな、他所で行う舞に俺の姿が貧相ではたまらん。だから、わざわざこうして、着替えてきてやったのだぞ。いつできるのだ、舞は」

「明日の夕刻にも!」

 ダオレンの発した声に、一番に驚いたのは控えていた一座のものだった。しかし、できねぇこたぁねぇだろう、と言うと、困り顔ながらも皆笑って頷いたのだ。

「ああ、そうだ。罰を一つ足しておく。四方の王には絶対に見せぬと言う、その土地の王の舞――ここのは『白獣娘々』と言ったな、それも演目に加えろ」

 その言葉に、ダオレンが目を丸くする。が、にこりと笑うと平伏しつつ答えた。

「それは、酷な罰にございますね。――確かに」

 西王は頷く。

「約束したぞ、明日の夕刻だ。……さぁ、沙汰は以上だ、手抜かりは許さん、遅れることもな」

 はい、と一座の皆の声が朗と応えた。シンはファンと顔を見合わせ、ほっと胸をなで下ろした。何のことは無い、無用な心配だったではないか。

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