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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
183/199

収束

 闇が完全に消えて、西王が吠えた。

「小僧! 何故、あれを渡した!あれがなければ、この国はまたいつかあれを相手にせねばならなくなる! 先の世に――紫晶にそれを負わせろと」

 その言葉を遮り、白虎が西王のもとへ駆け寄った。

「陛下!」

 壁が消えたのか、西王の身を確かめるように触れて、その場にへたりと座りこむ。

「いいのです、私は戦えます。貴方に言われたように、強くもなりましょう。だから、今は貴方がいなければ困ります」

 今すぐにもこぼれんばかりに、瞳を潤ませる白虎に、西王は言葉を詰まらせた。ファン自身も、僅かにでも、これが奪われることの危険を思った。けれども、それ以上に、西王は意地でも饕餮を離さないだろうと痛感した。己が身を捨ててでも、彼は国の為に、そして、自らの神獣の為に。

「すみません。でも、あのままだと、西王様ごと球も持っていかれてしまうと思ったんです。なら、もしこれから取り返す機会がくるとしても、西王様がいないと困ると思いました」

 西王が捨てるようにため息をつく。苦々しい表情。

「ファン、あの腕はお前が言っていた者の腕か」

 シンが問い、ファンは頷いた。

「ならば、あれはきっと、そう遅くなくまた現れるだろうな。……西王。二極封を言いだして助かった。俺にもあの腕がどういうものかは解らんが、そう破れる封ではないし、下手に破れば饕餮の方がもたんだろう。ならば、ここにおいて一番恐れるべきは、貴下がいなくなることだ」

 シンの言葉に、西王は外を向き呟いた。

「お前らは、俺を買いかぶりすぎている。知らんぞ、後に何があっても」

 再びのため息。

「西王、蓐収。手負いだろう、すぐに治して――」

 シンが膝をつき、緋に染まった白衣に手を伸ばす。

「いい! やめろ、青龍」

 手を払い、西王はじっとシンを見据える。

「傷でも残らねば、俺はきっと忘れてしまうだろう。今夜のことも、どれだけ忘れずにいようとも、薄らぐのが記憶の常だ。貴様ら長命を見るといつも思うのだ、どれほど大切なことも、長い時はきっと忘れさせてくれるだろう。これは、人に与えられた、幸せであって、とてつもない不幸だ。だから、申し出はありがたいがな、青龍。俺は、このままでいい」

 そうか、と呟き、シンは傍らの白虎にも視線を送る。彼女は微笑み、ゆっくりと頷いた。

「私も、そうしようと思います。今日のことは忘れたく、ありませんから」

 その笑みに、シンは竜麟を纏った手を引いて、応えるように頷いた。

 事態の収束に、宮殿内の官たちが騒ぐ気配がある。一時でも、とゆったりと白虎に体を預けていた西王が、はっとその体を起こす。

「まだ、仕事がある。町に害はないか、宮殿内の損壊は、ああ、そうだ。おい、牢の者を離してやれ。元の部屋も、開けてやって――」

「陛下、今は」

 西王の言葉に、隣に座した白虎が静かにそれを制した。そして、それに応え西王は深く息をついた。

「そうだな。駄目だ、頭が回らん。二晩も起き続けるものじゃない」

 陛下、と獅子髪の武官が、少し離れたところで膝をついた。

「御命令を。皆、殆ど仕事らしい仕事をしていないので、力を余しております。如何様にもお命じください。さすれば、少しでもお休みになれましょう」

「……先に下したあの命令に、力を尽くさなかった、ということか?」

 西王がにやり、と笑み、顔を上げた武官が気まずそうな顔でまた下を向く。

「いえ、そのようなことは……」

「わかっている。お前らもよく務めた。もう明けが近いが、戒厳令を解いて、町を見回れ。獣がまだ引いていなければ、橋も戻せん。あとの小事は――シーヤー、お前の方がよく知るだろう。俺は、この通りの餓鬼だからな」

 いえ、と小さく笑み、武官は深く礼をした。

「御意のままに。それと、牢番にはもう言いつけておきました。ですが、お話は、陛下がなさるだろう、と何も言わずにおきました故」

「ああ、好い。起きたらやる。――他の者にも伝えてくれ、子供が寝損ねてぐずっているから、しばらく放っておけと」

 は、と短い返事があって、武官はまた慌ただしく動き出した王宮の人の中へと消えていった。見回した臣や官は、急がしそうにしていたが、その表情は明るい。

「さて、と。ほら見ろ、俺が命じずとも、殆どのことは動くぞ」

 閃かせた手の上で、赤かった月はすっかりと白く、王宮を照らしている。傷を押さえて息を整えると、西王が長槍を杖のようにして立ちあがった。

「俺はもう戻る。貴様らも……と思ったが、令を解いたばかりで宿に戻るのもな、大抵の者は貴様らがどういう人間かは解るだろう、適当にここで部屋を借りろ。客人だと話を通しておく」

「有り難い。ああも大がかりな術は久しぶりだったからな、歩くのも気だるい」

 白の神獣と王が歩きだし、ざり、と白砂利が音を立てる。

「厚意には甘えさせて貰おう、ファン。お前も、休んだ方がいい。よくやった」

「いえ、あの……」

 褒められたのが妙にそぐわない気がして、はっきりと返事をしかねた。何が大きく動いたわけでもないし、今思えばあれはあっという間だったから。俯いていると、シンがぽんと頭に手を乗せ、笑った。

「実感がないか? だがな、あの封の軸になるだけの人間はそういないぞ、本来王と神獣で行うものだからな。落ちつけば、自分がしたことがよくわかるはずだ。だから、今は、よく休め。……俺も疲れた」

 今度は、はい、とファンも笑って答えた。さぁ、王が言うには、夜明けは近いらしい。だが、まだまだ空は夜の色、寝付くには充分に暗い。立ち上がったところで、向こうから小僧、と呼ぶ声があった。王だ。ファンは、上ずった調子で返事をして、手招きの下に参じる。

「ついさっきのことを、忘れていた。――お前に、白虎の力をやったんだったか」

「はい! 蓐収さんから。あ、そうですね、お返ししないと」

 どうしようか、と思う間もなく、西王は声を上げて笑った。初めて見る、快い笑い方だった。傷を押さえ、ほんの少し眉尻を下げながら、西王は言う。

「やったものを返せと言うほど、俺はしみったれちゃいない。くれてやったんだ、ありがたく使え。だが、本当は俺だけのものだ、見せびらかすな。それだけだ」

 その言葉と同時に、体の中の白光が再び全身を駆ける。白色が体になじむ。

「え、は……はい! ありがとうございます、西王様!」

 踵を返した王に慌てて礼を言い、ファンはじっとその背を送る。

「……クーフェンと言う。ファンといったか? 大義だったな、礼を言う」

 振り返ったのはほんの数瞬、しかし、その顔は今までに見たどのような表情よりも、穏やかで。これまでに見た王達と同じく。なるほど、きっとあれが王の顔なのだろう、と思った。頭を下げたのは無意識だった。

 そういえば、話していたあの呪いはどうなったのだろう。体が消えて、呪いも消えたのか。それとも、本体が消えない限りはあの呪いは続くのだろうか。きっと、彼らは乗り越えうるだろうと思う。でも、できるなら、あの二人が見合わせたあの優しい笑みがいつまでも続けばと思った。

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