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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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二極封

 シンに勧められるままに、ファンは円陣の端を踏み、前へ向かって手を差し出した。

「小僧、しくじるなよ、といっても俺達はしくじりようがないが」

 円陣の向こう側で、白虎化し、同じように手を突きだした西王が言う。風に髪が巻き上げられてなびく。見あげると、風壁に閉じ込められる饕餮が、雷雲のように形を変えながら渦巻いていた。呻きも砂利の鳴る音にかき消され、そのほとんどが聞きとれない。

「お前等だ、神獣! しくじるなよ」

「誰に向かっていっている? 西王! 貴下に心配されるほど、落ちてはいないぞ」

 すぐ後ろでシンが応える。

「陛下、始めます」

 西王の後ろで、白虎が声を上げた。それまでにあった円陣が崩れ、神獣の二人の足元に新たに光の円が広がる。自分と西王はその円陣の内側に抱きこまれている。巻き起こっていた風が止み、饕餮が円陣の外に逃れようとその形を平たく崩す。

「そんな出来合いの封印になんざ、捕まって――」

 壁の消えた円の上から、ざらりと靄が動きだす。

「出来合い結構。もともと、この封印は使う機会のなかったものだ。だが、効は身を以て試せ!」

 西王の言葉と共に、円の中心から液体のような光が溢れだす。それは意志を持つように空へ空へと、その腕を伸ばし、掴みようのない饕餮の靄を掴み捕えた。

「なんだっこの光、放せ! 何で掴めるんだよぉお!」

 振り切ろうと様々にその形を変える饕餮を、沸き立つ流体の光が次々と捕え、地へと引き留める。

「元々この封は、相対する国の神獣が揃わねば出来ぬもの。建国以来、四散した我らにはもはや無用の術だった」

 白虎が静かに呟く。八の字に開かれた腕が少しずつ上へ差しあげられる。円の外側を淡く白熱し、王宮前を照らす。

「だが、四神の双柱を揃えたこの術の効は、お前等を捉えたあの封に次ぐぞ」

 対するシンも同じように手を上げると、円の内側に青く灯が走る。

「理に背きし、魔性の者よ。凛冽なる(しるべ)によりてその身を照らせ――(しろ)に」

 凛とした白虎の呪言に、西王の足元に小さな円が生じる。中央から沸き立つ光にからめとられ、饕餮はじわりじわりと地面へと引き寄せられている。もう、跳び上がれば届きそうなほどに地表近い。

 白虎の呪にならい、シンが明朗に声を上げる。

「叫喚に言祝ぐ、災禍の者よ。永久の底へとその身を溶かせ――(あお)に」

 自分の下でより光が増したのに気付く。きっと、西王の足元と同じものだ。

「陰陽の路となる東西の礎の名のもとに、ここに封ずる。鎮まれ、饕餮!」

 双神の唱和に、外円の二点からそれぞれに弧を描きながら中央へと光が走る。饕餮はもうファンの目の前まで、押し固められ、引きずりおろされていた。封印に照らされる黒紅の靄は表情の解るほどに凝集し、悲鳴にも似た音を立てる。

「や、やめろ……嫌だ、そこには何もない……」

 微かな饕餮の声に、ファンは靄を見つめた。揺らぎ、時々はあの石像と同じ姿になりながらも、そこにあったのは十かそこらの、影で出来た子供の姿。

「嫌だ、嫌だ……!」

 人の形に揺れる靄の、あるはずのない目がこちらを見る。そこにあるのは恨みや怒りや――

「小僧!」

 西王の声に、ファンは慌ててそれから目を離した。見るな、聴くな、思うな。紫に輝く瞳が、無言のままにそう告げる。迷っては、いけない。

 外から内へと向かっていた光が、ひと際輝き紋様を為す。太極図だ。

「二極封!」

 白虎と青龍の声に、辺りが見えなくなるほどの閃光が走る。鋭く高い音と、耳をふさぎたくなるような饕餮の悲鳴。咆哮を上げていたあの低く恐ろしい声ではなく、小さな子の泣き叫ぶような、頭の芯に残る声。

 光が収まると足元の模様はなく、中心だったところに、掌に乗るほどの黒い球体が生じていた。泡のようで、玻璃の玉のような、中にあの黒い靄を揺らす球体。饕餮を内に封じた球。

 ほっとした瞬間、脚に力が入らなくなった。後ろに転がるように、ファンはどすんと砂利の上に腰を下ろす。手も足も、今になって震えが来ている。ああ、なるほど。確かに最中にこうなれば封印どころではない。

「上手くいったか。――殺せなかったが」

 西王が小さく呟いたのを聞きとる。見えた八重歯が唇を噛んでいる。

「いいのです、陛下。この国は、まだ続きます。大丈夫です」

 白虎が笑みを湛えてそれに応える。紫晶、とそちらを見た顔は、どういう表情だったのだろう。振り向いた顔はまたいつもの西王の表情だった。

「どこに置いておくかな。いっそ、御柱に持っていっても――」

 中心に転がったそれに、西王が手を伸ばす。途端に、背筋に走る寒気、心臓を掴まれたような重たい空気。

「西王様、駄目だ!」

 ファンは弾けるように声を上げた。西王の手にはもう既にあの球が握られていたが、禍はその下からだった。光を生んでいたあの中心は、今や地を這うような夜にも暗い闇を生じていた。暗い穴のような底から、白い腕が伸び、西王のその手を掴んだ。

「何!」

 身構える双神と、再び緊張する空気。細く白い腕は、その闇に引きずり込まんばかりに西王の腕を引く。彼の踏みしめる足が、砂の上を滑り、体が徐々に暗闇の方へと近付けられる。ファンは、その白い腕を凝視した。月のようなその肌に、刻まれた紋様。導かれるように明滅する記憶。谷へと消えたあの微笑。

「ジュジ……?」

 脚は未だに動かない。白虎が鋭い爪でその腕を裂こうとして、見えない壁に弾かれる。白虎が空を叩き、シンもそれに気付いて、壁を確かめる。あの円があった内に、残るのは西王と自分と、あの見覚えのある腕だけ。ただ引かれるままの、西王にファンは声を張った。

「西王様! それを、それを手放してください!」

「何を、これは――」

 時間がない。這ってでも、と体重を前にやると、ようやく抜けた腰が戻ってきた。転がるように、前へ。

「この国に今必要なのは、これじゃない。あなたなんです!」

 ファンはかたく握りしめられていた西王の指を乱暴に解き、球をその手のひらから剥がした。空に転げたそれを追い、手は西王の腕を離した。西王は弾みで、後ろへと体勢を崩し、座りこむ。黒い球は弾む。二回三回弾み、転がったそれを掴むと、手はまるで別れを告げるように、ひらひらと闇の中へと沈んでいった。そして、確信する。あれはジュジで、間違いなくこちらの敵なのだと。

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