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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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暗渠の座

「ダオレン! ……ユーリー!」

 白い砂利の上に倒れる二つの人影に、ファンは声を張った。ダオレンはやはり人狼の格好のままで、ユーリーは女官服だったが、間違いなく二人だった。西王は一座の皆を牢に入れたと言っていた。ならば、それは何のために。そんなことをすれば、王がこの騒ぎの元凶を一座に見たことになるだろうし、自分たちまでが捕えられたとなれば、みんなはまさに魔獣と一体となっていた座長の身を心配するだろう。だから、ユーリーは外へ飛び出したのだ。弁明と大赦の為に。

「ファン、お前は彼女の方を見てくれ。俺は座長の傷を看る」

 シンの言葉に頷き、ファンはユーリーを助け起こす。見たところ大きな傷はない。手のひらに少しばかり、砂利で掻いた傷があるだけだ。

「ユーリー! しっかりして!」

「ファン……?」

 うっすらとその目が開く。そして、急に体を起こそうとしたが、すぐにまたこちらの腕の中へ倒れ込んだ。

「無理したら駄目だよ!」

「ねぇ、あの人は……あの人は無事なの?」

 目を覆い、ユーリーが呟く。あの人、と言われて、寸時戸惑う。そして、すぐに隣を見やって答えた。

「ダオレンもきっと、大丈夫だよ。今、師匠が見てるから」

 応えると、ほっと頬を緩めユーリーは微笑んだ。その目には、薄く涙が滲んだ。

「どこまでも暗くて、底がなくて、広い場所。自分の中ってあんなに寂しい場所だったのね。外の世界がこんなに明るいから、心や体から切り離された場所があんなに寂しい場所とは思わなかったの。彼もあの化物と戦って、それで体を奪われたのね……」

 体の内に据えられた魂の座。暗渠の中にぽかりと浮いたただ一つの場所。饕餮に一度体を取られた者ならばわかる。あの場所があんなに寂しいから、人はまず人を求めるのかもしれない。人間として知覚する初めての欲。

「あの人を失ったら、私は――私たちはどうしたらいいのかわからなくって。牢でなんか大人しくしていられなかったの。きっと、西王陛下からお咎めを受けるわ。でも、彼が元よりそれを受けるとするなら、私たちもそれについていきたい」

 咳きこむ音がして、ファンはそちらを見やった。ダオレンが意識を取り戻したのだ。大きな体が見る間にもとの、只人の姿に戻る。こちらはすぐに跳び起きる。

「ユーリーは!」

「動くな、座長。まだ傷が癒えていない!」

「いい! 動ける」

 ダオレンがこちらに駆け寄ってユーリーを抱きかかえる。

「大丈夫か? 俺はお前に何かしたか?」

 問いに、ユーリーはゆるりと首を振る。

「戻ってきてくれたなら、それでいいの。――私たち、西王様に謝らなければ」

「大人しくしていた方がいい、二人ともだ」

 シンがこちらに来て言う。

「魔獣に体を取られていたのだぞ、あの子供もずっと今は寝たままのはずだろう。心も体も傷んだはずだ、牢の方なり、ここで待つほうがいい。……それに、今西王は話ができぬ」

 シンは咆哮の響いてくる本殿の方を見やる。やはり、あれは見間違いではなかったのか。本来の姿の白虎と対峙する、嫌な笑みを浮かべた西王。饕餮に体を取られたのだ。ユーリーとダオレンが顔を見合わせ、俯く。

「ファン、戻るぞ。白虎の、彼女のすることに俺達は手を出せんが……万が一のことがあってはな」

 ファンは頷き、立ち上がった。シンの言う、白虎がしようとしていることを、精一杯に考えながら。


 饕餮がその場で膝をつき、紫晶はその場で逡巡した。今こそ、饕餮を滅する好機。饕餮の体はすでに壊した上に、控えさせた武官たちまでは距離がある。本体を晒す危険を冒してまで、住みよい、と言った体を容易に離すことはないだろう。こちらの肝だと思うから、奴はあの体を選んだのだ。だが、それは浅はかな思い込みだ。奴は西の地を見くびった。我らは己が使命を何より尊ぶ者。

 なら、ならば何故この脚は動かないのか。歓喜としかいいようのない震えに、こんなにも身を任せている場合ではないのに。陛下が内より魔獣を留めている間に、私はそれに止めを刺すべきなのだ。抜け出す間もなく、体を仕留めなければ。

「何をしている! 紫晶!」

 咎める声は、陛下のもの。その身の内で、魔獣と対峙する人の子の。ただ力と魂の身があるその場で、強大なる者に挑む一つの魂の。私は、誓いの通りに為さねばならない。私は。

 ああ、でも。ならばやはり、彼は私を呼ぶべきではなかった。私の名前を呼ぶべきではなかった。白虎なり蓐収なり、彼が知る、彼のみが知るもの以外で私を呼ぶべきだった。彼がそこに在ると思わなければ、もう少し、ほんの少しでも躊躇いは少なくすんだはずだ。彼は私の王。互いに、認めてここまで来た人。人間の為になることが未だに解らぬ私が、唯一その望みの為に手を貸してやりたいと思う人。手のひらから爪が引く。

「急げ、俺を殺せ!」

慕わしい声。ああ、駄目だ。膝をついてしまいたい。

――私に、この人の首は取れない。

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