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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
172/199

西の禍霊(1)

 シンとファンはダオレンの、そして、饕餮(とうてつ)の姿を探すため外に駆け出た。町では、衛士や武装を済ませ、獣化した武官たちが家々の間を駆けまわっている。戒厳の布達だ、家々は扉から雨戸から全てぴたりと閉じられ、夜の間も止まることのなかった鉄を打つ音もぴたりと止んでいる。都の中央の鐘楼から、淡い真っ白な光が広がっていくと町を囲う縄が応えるように光った。死霊や獣避けの風水を強めたのだろう。まず、外にいる饕餮を内へ入れぬ守りを固めたのだ。

「町人か! 家に入るように言われたはずだろう!」

 見回る衛士達に呼び止められ、二人は足を止めた。シンがこちらをちらりと見たので、ファンは頷いて見せた。

「紛らわしくてすまない。青の国の者だ。助力を申し入れたところ、好きにしろとのこと。僅かながらに心得がある。……それに、知り合いの体が取られているのだ、出来る限り救いたい」

 シンがこちらを見る時は、大抵何かその後の言葉に、方便や差し障りのない嘘があるときだ。黙っているか、口裏を合わせろということだ。今は前者。衛士はじろりとこちらを見たが、シンの腕の巻き布を見て、頷いた。

「だが、何かあってもこちらでは保証しかねる。その少年もそうか」

 問われて、ファンは確かに返事をしてみせる。衛士は怪訝そうな目でこちらを見たが重々気をつけられよ、とまた駆けだして、人々に外に出ぬようにと声を上げ始めた。

「明るい月夜だが、面倒だな。こういう夜は獣も騒ぐ」

 シンが呟いた。人の体が月の動きにその働きを変えるように、獣たちもその輝きに引かれて動き出す。まだ空の低きにある月も、上れば煌々と地上を照らすだろう。人の心も獣の心も惹きつけて。

 東の山に見えていた饕餮は、今はその姿をくらませている。だが、きっと。

「饕餮は、こっちにくるんですよね。封を抜けてくるんでしょうか」

 問うと、シンがああ、と頷いた。

「あいつが狙い欲するものは王宮か、ここにしかない。お前も狙われているのを忘れるなよ。……風水の封は外の獣や弱い死霊を防ぐくらいのものだ。無いよりはいいが」

 そう言えばそうだ。ついさっき襲われたばかりだというのに。詰まった息を吐き出すと、とん、とシンが肩を叩いた。

「大丈夫だ。俺もいるし、西王も饕餮を倒すために何らかの策を打っているだろう。少しくらいなら、獣化していられるな? 攻撃しなくても、あの状態なら充分に身を守れる」

 頷き、じっと体の内の力に意識をやる。きっと大丈夫だ。人が、揺るがないことを強さというのは、こういうとき動揺すれば思うように力が出せないからだろう。何より、ひとりじゃない。それだけ忘れなければ、自分だって何か力になれる。

「やれます。おれも何か力になりたい。ダオレンを助けたい」

 遠くを見渡すために、鐘楼へと辿りつくとそこには数人の武官が付いていた。鐘楼の中には風水を張るための羅盤があるというから、それを護るためだろう。近くにいた一人に事情を話し、楼の上に上がる。近くには家々が複雑に並び、その途切れるのを以て谷を示している。遠くには連なる山々が見える。月は、先ほどより高くなりその赤みは僅かに薄らいだ。その反面、小さく見えるに従って明るさは増していく。見つめれば夜目に眩しいほどの満月だ。

 不意に冷たい風が肌を撫でた。谷から吹きあがる風とはまた違う、魔獣の気を含んだ、体の内を震わせるような風だ。下の武官たちも同じように体を強張らせている。

「来るぞ」

 シンの呟きに間を置かず、狼の咆哮が辺りをつんざいた。その音声(おんじょう)に、空気は震え、月明かりすら砕けて褪せる。特に耳朶を打つ方へとファンは頭を向ける。さっきとは反対側、西の山だ。まだ遠く小さく見えるが、今度ははっきりとその居場所をこちらに示していた。

 二度目の咆哮。先ほどのが自らの場所を晒すものなら、今のは開戦の烽火(のろし)のような。近くの家から、微かに人の悲鳴が聞こえる。屋の内に籠る町人も、今日は眠れないだろう。気を感ぜられずとも、魔獣の恐怖は誰しにもある。西の峰に銀色に見えていた小さな影が動く。こちらからでも見えるような大きな跳躍だ。こちらに来る。

「行くぞ、ファン。どうせ来るなら、迎えるまでだ」

 シンがその足を気で満たし、青い竜麟を纏ったそれで鐘楼の石壁を蹴った。軽く、だが力強く、あの禍々しく大きな気に平然と、敢然と立ち向かう。ファンは唾液をぐっと寄せて、飲み下した。緊張にひどく喉が渇く。だが。ファンは息を整える。夜気が冷たい。師に倣い、体を龍化させ前へと踏み出した。もう既に、シンの姿は遥か先だ。肌を刺すような張り詰めた空気。

 本山町の西の端まで来て、ファンはシンの横で足を止めた。一座のみんなが野営していた広場だ。足元を見れば微かに地面に炭の跡がある。

「外に出たのは……座長の意思だろうな」

 シンはその腕を龍化させながら、静かに呟いた。そうか、饕餮はあの時すでに王宮の中にまで入っていた。なのに、それが外の山に出たのは何も、こちらに警戒と準備の時間を与えるためではないだろう。皆から離れて、外へ。なるべく遠くへ。

「ダオレン……」

 絶対に。ファンは拳にぐっと力を込める。今、饕餮の器と化した彼が戻るのは、そこに彼の意思がないからだ。今その意志は、()の身のどこに眠るのか。兌山(だざん)の向こうからごう、と風が吹く。

「来たぞ!」

 ファンはきっ、と顔を上げる。月光の元に躍るのは、元が人の身であったとは思えない、隆々たる巨躯。銀灰の体毛は鋼の針のように、光をこちらへ差し返す。手足は獣のそれながらに二足で立ち、狼の頭にぎらつく双眸は狂気がのぞく。

「あぁぁ? 何でてめぇが居やがるんだぁ? 青龍よぉ!」

 元の主の声とは似ても似つかぬ声で、饕餮がそう問うた。

檮杌(とうこつ)のくそ野郎め、あぁ、あと窮奇(きゅうき)の野郎もか、めんどくせぇ奴残しやがってよぉ!」

「……変わらんな」

 シンが言う。向こうには聞こえたかわからないほど、微かな声だ。

「まぁ、いい! 貰うぞ! 貰っていくぞ。全部、俺様のものだ!」

 けたたましい笑い声を上げ、目の前に巨体が降り立つ。

「太極も、俺様の体も、この土地も、全部だ。貰っていくぞ! 俺様のものだ!」

 向けられた鋭い爪に、ファンは身構えた。


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