旅立ち
バクの家まで戻り、その日は三人ともが深く休養をとった。翌日シンが旅支度を整えていると、躊躇いがちにファンが声をかけてきた。
「シンさん、おれ、やっぱりどうしてもシンさんの弟子になりたい。先生はゆっくりでいいって言うけれど、今回みたいなことがまたあった時、このままでいるのが怖いんだ」
自らの身ではなく、奥で朝餉の後片付けをする、仮親を想う心ありきの言葉だ。シンは了承の意を込めて、しっかりと頷いて返す。
「ちょうど俺も言おうと思っていたところだ。……バク!」
バクは前掛けで手を拭きながら、仕方なさそうに微笑んだ。
「もうこちらでは昨日の夜のうちに話が済んでますよ。私は構いません、貴方が一緒なら心配せずに済みます」
そうは言っても、心配に心配を重ねるのがバクの性分。きっと姿が見えなくなる前から、あれやこれやと心配するのだろう。互いにそれがわかって、二人は小さく笑った。
「よし、ファン。支度をして来い。荷物は出来るだけ少なくな」
「わかった!」
「師に対しては敬語を使え。俺を呼ぶ時は、師匠、だ。わかったな!」
駆けだしかけたファンが、その背をぴんと伸ばし、高らかに返事をした。そして、前にのめるようにして、奥へと荷物を取りに行った。ほほえましく見つめるバクは、こちらに向き直り、訊ねる。
「まずはどちらへ向かうのですか?」
シンは荷物を全て、身につけて答える。
「まずは南へ向かおうと思う。その道、他の四獣と王に会う。ファンも引き合わせてみよう。何か得るものがあるはずだ」
支度を終えたファンが戻ってくる。言われた通りに、きちんと旅支度が出来ている。
こうも支度が早いということは、こうなる前からずっとそれは準備されていたのだろう。
外へ出て、二人になった旅人は振り返る。
「じゃあ、先生! 行ってきます!」
「ええ、ちゃんと戻ってきなさい。道中は重々気をつけて、シンさんの言うことはちゃんと聞くのですよ。しっかりとその目で世界を見て、きっと帰ってくること。私は、ここで待っていますから」
ファンは頷くとすぐに門の方へ向かって駆けだした。その後ろ姿を見送りながら、バクは呆れたようにため息交じりに笑う。その目は僅かにうるんだように見える。
「素直な子ですけど、時々とんでもない無茶をするんです。しっかり見てやってください。――ファンをよろしく頼みます、青龍様」
「ああ。無理とは思うが、バクもあまり心配してやるな。子はおもうよりも、しっかりやれるものだぞ」
言葉なく頷くバクに、別れを告げ、シンも門へ向かって歩き出す。少し先で待っていたファンと合流する。目が少し赤いのに気がついたが、見なかったふりをして、次の町へと向かう。次の町も日没までに入らなければならないから、余裕があるとはいえ、広がる山野で道草は食えない。
見あげた空は快晴。東の国を象徴する、どこまでも澄んだ鮮やかな青である。