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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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 王宮を出て、再び宿へ引く。水盆鏡を借りてそれぞれに話をすることになり、シンが話をしている間、ファンは宿の中庭で、朝の組み手をさらうことにした。水盆鏡での会話は、どれだけ気を操れるかによるから、この旅で獣化を覚えた自分はまだそれほど長く話していられない。逆に、シンは操気にも年季がいっているから、きっとしばらく話しているだろう。

 シンが水盆鏡を使おうとして、何か言いたげにこちらを向いたのを見て、慌てて外に出たのだ。東王へだと言っていたから、この先の旅の話や、西王と白虎と話をしたことを話すのだろう。国の関わる用向きならば、自分が聞くのは確かに分が違う。だが、きっとそれならばはっきりそう言うはずのシンが何も言わずにいたということはきっと。この前呼び捨てにしたその人との話を聞かれるのも、話している自分も見られるのに気恥かしく思ったのだろう。ファンは小さく笑う。そういう師匠を見てみたいとも思ったけれど、こちらが立ち上がると、用が済んだら呼ぶ、と外に出されてしまった。その分、それまでは集中してやれるか。

 充分に体をほぐして、今朝の動きを思い出す。相手の意表を衝くこと、先まで考えて動くこと。師が相手だと仮定して、頭の中で一つずつ反復しながら、一通りさらう。強くならないと。そうジュジは言い、それ以前に、御柱の父母の墓前で自分はそう誓った。体はかなり丈夫になったし、きっと東の町にいた頃の自分では、今の自分の相手にならないだろう。

 でも、きっと、皆が言う強くなれというのは、きっとそういうことではない。鍛えられる身体の内に収まった、この意思や心に向けられたものなのだ。国を見て回ること。そして、知ること。そこから自分が何かを得て、得たものがまた自分になる。きっと、求められているのはそういうことなのだ。

 西王は、自らの目で世界を見ろ、と言った。目で見るだけなら、とうにそれは為されているけれど、その言葉の意味するのは、見た先に覚える意思が独自のものたれ、ということだろうと思う。自らの意を持て、ということ。諾々とした意ではならぬ、ということ。つきだした拳をぴしりと空に張り、ファンは深く息をついた。

 強いとは、そういうことなんだろうか。頑なたることが、強いということなんだろうか。迷うことは、弱いということなんだろうか。問いばかりがあって、ファンは拳を静かに下ろした。風が吹いて、首のあたりの汗を冷やした。

「ファン! もういいぞ、いけるか?」

 シンの声がして、ファンはそちらを見あげた。中庭に面した窓だ。返事をして、庭木に投げていた手ぬぐいを取る。そういえば、何を話すかまとめてなかった。それに、話をするにはまず獣化できていないと駄目だ。

 身の内を探りながら、中庭を出ようとしてふと、ファンは足を止めた。いつも組み手と言えば、自分素のままでやっていたが、もしこれが獣化した手足だったらどうなるのだろう。思い立ち、獣化の予行、と手足を龍化させた。やはり、獣化している時は、普段と比べ物にならないほど力が漲る。ほんの一回だけ。そう思ってファンは中庭の空いたほうへと空を蹴った。

 微かな空を切る音、だけと思っていたファンの耳に、突風を押し詰めたような鋭い風の音が届いた。そして、庭木の葉がざわざわ鳴る。

「おい、どうした、ファン――」

 来ないのを訝しんだシンが、窓から乗り出してこちらを見下ろした。龍化した足を下げ損ねたまま、ファンは庭木を指差した。ざん、と音をたてて、間合いの何倍も先のその太い枝が落ちる。その向こうで見える壁の違和は、もしかすると亀裂か。シンはそれと、唖然と立ち尽くしているだろうこちらを見て、ため息交じりに目を覆った。

「早く来い、ファン。それは、俺も一緒に謝ってやるから」

 ファンは逃げるように部屋へと向かい、もちろんその後、こってりと叱られた。

 

 町へ出て、観光がてら買い出しに出た。魔獣への警戒は解けないが、一週の後という雲海座の演目まで、ずいぶんと時間が出来た。買い出しと言っても、渡のある町で大抵のものは揃えてしまったし、買い足すと言っても食糧くらいだ。

 あの後、落としてしまった庭木の枝と壁のことを、弁償を含めて宿の主人に謝った。

「獣化していれば、普段より力があることはわかっていただろうに」

 シンが歩きながら言う。叱られている時にも言われて、これを聞くのは何度目かだ。ファンは何十回目かのすみませんで応えて、その横でうなだれた。

「いや、獣化して力を使ってみたいというのはわからんでもない。近々、させてやろうと思っていたんだが、色々たてこんだからな。……俺の力だぞ、あれだけで済んでよかったな。下手すれば宿が消えた」

 その言葉に背筋を強張らせながら、ファンは消え入りそうな声で返事をした。シンの力が尋常でないのは知っていたが、まさか借りうけているだけの自分で、ああもなるとは思わなかったのだ。

 説教のあとで久方ぶりに話した先生は、もう西の都にいることに驚き、背が伸びたことを喜んでくれた。そして、今さっき怒ったばかりのことを話して、同じように叱られたのだった。きちんと師がいるのだから、その指導の中で成長しなさい、と。見ていないところで勝手をすれば、どちらにもよくないのだ、と諭された。そして、獣化してでの会話がそろそろ怪しくなってきた、と思う頃、やっぱり先生はそれに気付いて、怪我のないようにと優しく笑ってくれたのだった。

「さてな。そうだな、時間がある。一度、都の外に出るか? それなら、さっきの続きをさせてやれるが」

 是非に、と思う心の内のどこかに、さっきので充分懲りたと思うところがあって、ファンは返事をし損ねた。シンや朱雀から借り受けている力は、御柱での一件のように、時としてファンの意の外で強力にこの身を守ったが、使おうとしたさっきまで、それがああも強いものだと思わなかった。王でもない身には、強い力だ。それとも、太極というのは、これら御せるようになることすら、そのうちにあるのだろうか。

「どうする。それとも今日は凝りたか? それでも、いずれは教えるぞ」

 シンの問いに、どうしようか、と答えあぐねていると、その眼の前を見覚えある人が走り抜けた。一座のにいや達だ。向こうもこちらに気づいたらしく、ひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。二人は、それまでの話を一度置き、そちらに耳をやる。

「シンさん、ファン! 丁度いいところに!」

「どうした、何があった」

 息を切らし、こちらに呼びかけたにいやは、息を整える間もなくそれにその問いに応えた。

「ちびがいなくなったんだ! 今、総出で探してる。王宮と、もしかしたら町に行ったんじゃないかって。二人は、どこかで見てないか?」

 ファンが首を振ると、にいやはやっぱりか、と肩を落とした。

「王宮の中も探してるんだけどさ。町に出て――もし、谷に落ちでもしてたら」

 その言葉に、二人は顔を見合わせ、そして、頷いた。

「手伝おう。手は多い方がいい。いずれにせよ、急いだ方がいいな」

 ファン、と呼ぶ声に頷き、にいやに揃って、探索に加わる。シンはそこで別れ、別の方へと走り出す。小さい子が歩いていれば目立つはずだ。きっと、見た人がいるだろう。ひどく慌て、疲れた様子のにいやを励まし、ファンはまず近くの人へと聞き込みを始めた。

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