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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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貪婪の呪

 饕餮(とうてつ)の体は、富を呼ぶ。そう言って、西王はこちらを見た。ほんの少しばかり、得意げな顔で。

「人の身で、魔獣を御そうというか」

 シンは湯飲みを置き、静かな口調で言う。

「おい、青龍。それではまるで、奴らの味方のようだぞ」

 西王は笑うが、目だけはしかとシンを見ていた。

「御せていないから、この惨状だろうが。とはいえ、領分を超えてでも成さねばならぬと、うちの初代は腹を決めた。先代の白虎もそれを飲んだぞ」

 西王はふうと息をつく。

「この地は、貧しい。ここで生まれて、他所を見た俺がいうのだ」

 ファンはその言葉に、これまでの道を思い出す。確かに、草木は乏しかったが、それは凶荒のためではないのか。それに西は良いかねが取れると聞くのに。商いとて、他所の商人よりも上手いし、西の隊商たちは野盗も恐れるほど屈強だ。

 こちらの考えを読むように、西王はこちらを見て、にっと笑う。

「今、この国を潤す富は、探せばどこの地にもあるものだ。それを見つける、運というかな。富に対する鼻の良さをあれは与えるのだ。今、西が技の国と言われるのも、それを満たす資材があってこそ。欲というのものは、物を呼び、技を育てる。国が繁栄するには、どうしても必要だ。あれがなければ、凶荒など無くても西は吹けば倒れるほどに困窮したかもしれん。代わりに強い律法を立ててでも、初王は欲の元手を残したのだ」

 良いかねも、熟練の技師たちも、老獪(ろうかい)な商人たちも、皆欲のなせる業、そう西王は苦笑じみた笑みを浮かべて、茶をすすった。

「まぁ、欲だけの力とは言わん。一万年だぞ、長い時だ。民はそれに流されず、各々厳しい掟を課して、自らを保ってきた。日ごろの節制あってこそ、この二十年、西は乗り切れたようなものだ。職人たちの技の継ぎようも時には酷なもので、牙儈(がかい)の連中の(こす)いやり方にも良心はある。西は義の心で己を律することで国を保ってきた」

 なるほど、ファンは思う。時々鋭く感じる西の人達の言動も、自他ともに律するが故のものなのか。そして、仕事をする誰にも自負があり、誇りがある。

「だから、饕餮の影響を受けずに、国は富んできたんですね。確かに、饕餮の心がいつ来るかってのは心配ですけど……」

「まだ実害がないと思うか? 小僧」

「えっ?」

 聞き返し、西王と白虎の顔を見た。西王は皮肉じみた笑みを、反対に白虎は目を伏せ、悲しそうな顔をしていた。そして、シンの顔を見る。シンの表情は険しく、無言で、西王から話を聞くようにと促している。

「その代償こそ、西の凶荒の原因よ」

 西王は身を乗り出し、こちらに指を差す。知っているか、良く聞け、と言わんばかりに。その眼が、ぎらり、と光ったような気がした。

「饕餮の欲が、民が律せる程度のもので済むわけ無いだろうが。“どこか”がそれを引き受けているのだ」

「まさか」

 呟くと、目の前の白衣(しらえ)の王は笑みを深める。

貪婪(たんらん)(じゅ)と言ってな、王はあれの強欲をもっとも受ける。王は国を統べるもの、欲が過ぎれば一転して国を滅ぼす。凶荒ほどではないにしろ、欲に溺れ国を傾けた王は、過去何人もいるぞ。その王どもの末路の記憶も、俺の中にある」

 末路、とファンは繰り返す。王とは、善なる獣人達の頂点であって、それならば人の中でも、もっとも善きものであるはずだ。天が認め、神獣が選んだ、優れた者だ。だから、今までファンは無条件に、彼らは無上の幸福を手にしているか、それがその魂の先に待っているものだと思っていた。それが、末路、と言われねばならないような死を迎えたというのか。

「欲深の王がどれだけ民を苦しめようとも、王宮にいて神獣の加護を受ける間は死なぬ。貪婪の呪は王の身を病みやしないから、放っておけば寿命まで、王はその強欲の狂乱に置かれることになる。そうとなれば、すべきことは一つだ」

 白虎が唇を噛むのを見てとって、ファンはその言葉の意味することを察した。そして、どうして先の白虎が死に至ったのかも。長い長い時の、一つの結果があふれ出たのが西の地なのだ。

「必要なら、全ての王の最期がどうだったか教えてやろうか」

「陛下!」

 白虎が悲鳴にも似た声を上げて、それを制した。ファンも首を振り、王の底深い目に潜む、鋭い光から目を離す。その光は、西の王達が王権と共に継いできた、国の闇そのものではないか。

「“王に狂変の(きざ)し有るとき、白虎は何を持ってしても、それを誅せよ” それが、先代の白虎に、初代の王の命じた、ただ一つの命だ。その命の中の王には当然、自分自身を含めてな。……知っているか、小僧。それを命じた時初代は、お前くらいの歳のまだ破瓜も迎えぬ小娘だった。それが、易々とは(まつろ)わぬ先代白虎、つまりは無双の武と揺るがぬ義勇を誇った、紫晶の兄に頭を垂れさせ、頷かせたのだ」

 自分と同じくらいの女の子が大戦を乗り越え、倒した魔獣を国ために残し、自分を含めた王に、酷な宿命を負わせたのだ。すべては国を栄えさせるため、民に安住の地を、豊かな暮らしを与えるために。そして、一方が貧すれば影響を受けるのがこの国なのだから、それは中つ国全てを慮っての決断だといえるだろう。ならば、白の王とは――

「西の王は、国の為に与えられる贄よ。豪奢な檻に入れられた囚人(めしうど)よ。西は当然、他方も、その向きの多寡はあろうが、およそそうだろうな。長命の王の出ないのは、王自身の為でもあるだろう」

 一人が長く苦しまずに済むように。そうか、と納得しそうになって、ファンはふと思いとどまった。病むのが短くとも、それが短命な人の寿命のうちにあれば、結局長き苦しみではないか。それに苦しい時ほど、時は長く感じるものだ。

 ふと、横に目をやって、白虎の辛そうな表情に気付いた。血が出そうに噛みしめた唇と、痛みに耐えるときのような細められた眼に。先代の白虎が負ってきた(めい)を、これからはこの人が耐えねばならないのか。

「王達は、揃って国の色を着る。民が慶弔の時にそれを着るならば、きっと王の服は死装束だ。いつとて、国の為に死ねよとて、纏わされる重責そのものだ。俺はそれを覚悟して着ている。たとえ、この先神獣に殺されようとも、その前に死のうともだ」

 乗り出していた身を椅子の背に預け、西王はふう、と息をつく。初代の王が自分と変わらないなら、今目の前のこの王とて、大して違いはない。

「とはいえ、見てわかるだろう、俺は若い。そして、ついこの間まで国というものに、苦しめられ恨んできた。それがいきなり国を保てと言われて、御意のままにとはいかん。目の前に死をつきつけられて、平然としていられるほど俺は老いてはない。あがいてやろう。国を保って、その先、他の国に自慢してやるまではな」

 なあ紫晶、と西王は湯飲みを差し出して、言う。結ばれていた唇が、僅かに緩んでほんの少しだけ笑みを作る。茶を注がれた王は、湯が充分に冷めたからだろう、それをぐいと飲み干し、舌打ちして椅子の背にもたれかかった。

「何の話をしているんだ、俺は。……饕餮が来る、という話だったな。青龍」

「ああ、注意されよ、若き王。きっと饕餮ごとき、貴下が苦にすることはなかろうが」

 シンは(しか)と西王を見つめ、頷いた。当然だ、と西王は応えて立ち上がる。

「俺はまだ、仕事がある。旅に遊べる貴様らと違うからな。用が済んだら、すぐ出ていけ」

 失礼した、とシンが立ち上がり、ついてファンも慌てて立ち上がった。

「おいとまする。では、今の件重々留意されよ」

 シンが少し高くなっている亭の石段を下りて言う。ファンも椅子を戻し、王と白虎に礼をすると、それについて駆けだした。

「そうだ、小僧!」

 不意に呼びとめられて、ファンは振り返る。

「さっきの話、得意げに余所で話す事はまかりならんぞ」

「はい!」 

 ファンは、しっかりと返事をし、再びその足を進めた。

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