表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
165/199

問うる朝

 中庭の端のほうから、陽のあたる場所が増えていく。それに合わせて、空気が少し温んできて、ファンは座り込んだまま手ぬぐいで汗を拭った。

「昨日、王宮からの帰りに、またジュジに会ったんです」

「御柱で会ったという者か。何者だ?」

 頷き、そして、首を振る。その問いには、彼も答えなかったから。只人ではないことだけがはっきりしている。

「わかりません。でも、そこで言われたんです。師匠がどうして旅をするか知りたいかって。おれはまだ何も知らないって」

 知らないと言うだけで、その口はそれ以上の事を教えてくれなかった。きっと全て知っているだろうに。こちらがそれに悩み苦しむのを楽しむかのように、薄く笑みを浮かべて、ただこちらの動くのを見ている。

「そのものは、俺の旅の理由を知っているのか」

 ファンは俯く。確かに聞いたが、今となっては真偽のほどがわからない。こちらが一番に心を揺らすだろうとわかってそう嘘をついたのか、それとも、いつまでも答えに至らないからと口にしたのか。だが、真実は機が来れば、シンがきちんと教えてくれると言った。ならば。

「聞きました。でも、いつか師匠が話してくれるなら、ジュジが言ったことは真偽を確かめる必要なんてない。どっちにしたって、おれがそれで戸惑うのを面白がっているんでしょうから」

 シンは、そうか、と言って微笑する。何か言いたげに、口が振れたが零れたのは深い息だけだ。何を言ったか問うても、それの肯定否定はきっとできないだろうから。

「ジュジは何者なんでしょうか。御柱の中で、おれは親切にしてもらったし、直接何かされたこともないんです。おれが一人だった時はいくらでもあったのに」

「だが、天社の官にしか開かぬ扉を開け、地下でお前に何かしただろう? 会って見たわけではないが、俺にはどうにも魔の者に思える。お前を狙うとしたら、やはりその線が一番強い」

 シンは難しい顔で腕組みした。そういえば、そうだ。今、直接ジュジの姿を見たのは自分だけで、それに心のどこかで彼は自分の前にしか現れないのだ、と思った。

やはりジュジは、シンの言うように魔の者なのか。確かに、四凶や天のことを、ああも軽々と口にする。でも、御柱の中、地下の社、そして、昨日橋の上で見た姿はそれぞれ多少なり違っていたけれども、どこに蚩尤の徴を持っていなかったように思う。

「どこまで知っているんでしょうか。ジュジは、おれがこれまで一座といたことも知っていて、それにこの先の――」

 そこまで言って、ファンははっとシンの方を見つめた。あの言葉が真なら。

饕餮(とうてつ)! 師匠、昨日ジュジはおれに“饕餮にやられるな”と言ったんです。もし、それが本当なら、ここにも魔獣が現れるかもしれません!」

 そう勢いよく言って、同時に王宮でのことを思い出した。幾重にも封ぜられた、石と化した魔獣を。

「あ、でも、饕餮の体は王宮にあるんですよね。なら、どうやって……」

 ファンは腕組みして、じっと地面の小さな草を見つめた。体が無い者に、どうやって捕えられるというのか。代わりにシンが腕を解き、言う。

「確かに、東王宮には饕餮の体があると聞いた。が、西王は意識のほうは取り逃がしたというぞ。相手は四凶だ、体を取られたとて意識が残ればまだ何かやりかねん。神獣も魔獣も、体と意識のその二つに区別はないんだ、どちらも力が凝ってできたものだからな」

「なら、早く知らせないと……」

 もしかしたら、饕餮は自分の体を取り返しにこようというのかもしれない。東や南で魔獣が目を覚ましたように、一万年の時を経て動くため、元の体を欲して。シンが頷く。

「そうしよう。西王陛下もまだ動かれはしないだろうから、早い方がいい。……ただ、体を取られれば、力の大部分を取られたに同じだ。出来ることなどそう無いだろう。来るとすれば必ず、何か兆しがあるはず」

 互いに頷きあい、二人は長跨についた砂を払って立ち上がった。中庭のほぼ真ん中まで、日向が迫ってきて日が高くなったのがわかる。辺りから、朝餉に粥を炊く匂いと、来た時のような工房からの金を打つ音がする。

 浮いた汗を拭い、途中朝餉を頼みつつ、一度再び部屋へ戻る。手ぬぐいをしまい、荷の中から最低限持ち歩く物だけ寄り分けると、ファンは寝台へと腰を下ろした。

「聞いていいのかわからないんですが」

 同じように荷を確かめていたシンがこちらへと振り返る。

「どうした。そういえば、まだ何か言われたんじゃないのか」

「おれは、知らなきゃいけないって。四凶がどうして天に刃向かうのか。そして、天はそもそも何なのかって」

 シンが眉を寄せた。ファンも言ってから、しまったと思った。天を探ろうなどというのは、不遜極まりないのではないか。否、まず、不遜だと思うところから、天とは何か考えなければいけないのかもしれない。とはいえ、シンがこちらを見て黙ったままで、ファンは慌てて、いえ、と口を濁した。シンは立ち上がり、自分の寝台に腰かける。

「そういえば、そうだ。俺はそれも忘れている。覚えているのは、あの戦いの時には奴らは敵で、おれは神獣になる前奴らに捕えられていた、ということだ」

「捕まって……?」

「ああ。獄にな。で、天が俺を神獣にするとかで、そこから逃がした。それで、初王と会って――駄目だ、はっきりとは思いだせん」

 ため息をつき、シンは寝台の上で仰向けになった。

「天は……そうだ、俺は天と何か約束したはずだった。初王のことか? いや、違う。もっと別のことだったはずだ。まったく、嫌な忘れ方だな。斑に記憶が抜けている」

 天井を見つめ、シンは自問自答し、呟く。

「そもそも、俺は何故獄に繋がれていた? いや、俺と四凶が対峙していたのはわかる。永い幽囚に、俺はずっと腹を立てていて……」

「師匠?」

 声をかけると、シンはこちらを見て、ふっと笑み崩した。

「すまない。だが、そうだな。その答えは今俺には無い。お前が、もしその答えを探すというのなら、俺も付き合おう」

 シンは体を起こす。

「天は、気がつけばそこにいたように思う。それで、魔獣を倒すというのと、善き世を作ろうと言ったのは覚えている。だが、そうだ。国を興す前から俺はいた。なら、天が出て来る前も知っているはずなのだが」

 駄目だな、と言ってシンは深く息をつき、また寝台へ倒れ込む。

「まだ時間がかかりそうだな。それとも、北に着けば、王や玄武が何か知っているか」

「黒の国の、ですか」

「ああ。あの国には中つ国全ての知識がある。建国からの記録だけでなく、ともすればこの世の開闢、世界の黎明も知る者がいるかもしれない」

 再びシンは起き上がり、こちらを向いて頷く。

「旅の道はまだ長いな。言うまでもないと思うが……ついてきてくれるか」

 ファンは頬が緩むのを感じた。それなら、問われるまでもない。

「もちろんです。だって、旅の始めだって、おれが師匠にせがんだんですから」

 シンが声を上げて笑う。

「そうだったな。それで一度断ったんだった。それで、お前は飛び出していって」

「それは! その時は師匠だって、自分が化生だって嘘をついたじゃないですか」

 まるで遠い昔のように思える、旅の始めのこと。あの時から、シンはずっとひとつの目的を持ってここまで来た。自分は途中で、父母と育ての親と、自分のことを知ったのだった。

 知らないことはまだ多い。だが、あの町にいた頃知らずにいて今知っていることもたくさんある。今わからないことばかりに思うのは、知らないことすら知らなかったものの、その存在を知ったからだ。

「それに、今はお前の旅にも目的があるだろう。そのジュジとかいう者も、天も、お前の存在とその成長を待っている。どちらもおそらく、ただ愛でるのとは違うだろう。心しなければ。そうか、俺は、それを見届けるのも(めい)のうちだったな」

 ファンは頷き、じっと掌を見つめた。太極という命、天の懐で生を得たこの身の行く末。何が待っているのだろう。そして、自分はそれにきちんと立ち向かえるのか。シンのほうを見ると、シンは静かに頷いてくれた。大丈夫だ、というように。

戸の向こうで、宿の者が朝餉の支度が出来た、と声を張る。礼を言って、二人は立ち上がる。食べたら、すぐ王宮へ向かおう。とりあえずは今、目の前にあるものから、解いていかなければ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ