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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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石の魔像

 玉座の間から城の正門までは直線、特に迷うことはない。シンの帰りが遅くなるなら、宿の人にもそれを伝えておいた方がいいだろう。もともと外で食べるつもりで夕餉を頼まなかったから、戻りが遅いことだけ伝えればいい。

 本殿を出て、暮れがけの淡い月明かりに照らされる、前庭の石畳を早足に進む。石畳の目はまっすぐで、切りだした石工の腕の良さを感じた。左右に延びる別の道は、おそらく文官と武官それぞれの詰め所で、それぞれに渡り廊下で玉座のある本殿と繋がっていた。見えないが、本殿の向こうは王と神獣の安らう宮があるはずだ。王宮を示す塀の内に他いくつか建物があるが、ファンにわかるのはそれくらいだった。客人をもてなすための屋もあるのだろうが、灯りのあるのは左右の殿と本殿、衛士の居る角楼くらいだ。

 門の前まで来て、ファンは来た時との違いに足を止めた。門が閉められている。日中は王宮へ出入りする者のおおよそが通る正門だが、今は大戸がぴたりと閉じられて、門の上の衛士も街の方を向いていた。

 昼間は王も謁見を願う旅の者も都の者も皆、同じ門を通る。それは王が民の中から選ばれる存在であって、一系の血ではなく善なる心によって国が治められているという証だ。王は地に生まれ、天が選ぶ。その門が今は閉じられている。守りの為だろうか。都に風水による封が為されるのと同じく、王宮も外と隔てられている。

 どこから出ればいいのだろう。ファンは辺りを見回した。山間の都は平地のものに比べて多少規模が抑えられているとはいえ、国の要、王宮は広い。おそらく聞けばわかろうものだが、あいにく出歩く姿が見当たらなかった。門の上の衛士に声をかけるべきか。

 踏み出して、ファンは妙な風が背を撫でたのに気がついた。温いのに、ぞくぞくするような風だった。これまでの旅で何度か感じた、悪い気配だ。ファンは風の来た方を見やる。薄闇に眼を凝らすと、広い庭の、建物の影に小さな堂がたてられている。町の隅にある鎮守の堂のような、八角の建物だ。しかし、ここが西の王都ならば、鎮守の土地神は、国の守護と同じく白虎のはず。そのものが住まう王宮なのだから、堂が建てられるわけもないし、立てられるとしたらあのような質素な堂では済ませられないはずだ。唾を飲み、恐る恐るファンはその堂の方へと近づいていった。

 近づくと、ますますその堂の異様さに気がついた。風は止まっているが、それでも禍々しい気が漂い出している。他と同じように月に照らされた場所であるのに、暗く見えるほどだ。獣化に慣れてきたファンには、その堂がただの祠堂でないのがわかる。そして、さらにゆっくり近づいて、その堂の手前に出た。扉は鋼で出来ているようで、格子窓のついたそれは二重に閉ざされていた。いくつもの頑丈な錠が下ろされ、白縄がそれをさらに締めている。封をする札が何枚も貼られていて、おそらく封を成しているのだろう楔が四方に打たれていた。ここは神を祭る堂ではない。何か、とてつもなく悪いものを封じている囹圄(れいご)なのだ。

 何が封じられているのだろう。ファンはじり、と堂の方へ近づく。あまり近づくと、封を踏んだり、下手をすれば外してしまうだろうから、中が見える程度にだ。

 よく目を凝らして、ファンは中を窺った。そして、思わず息を飲んだ。

「魔獣……?」

 見えたのは、牛のような怪物の大きな頭だった。人より少し大きいくらいの、石の像だ。一対の太い角は、くねり曲がりながら天を衝き、牛面の口元からは尖った牙が覗いている。格子の隙間から半分だけ覗く人のような体と、何かを睨み据える、人間によく似た目。今にも動き出し、咆哮しそうな悔しげな表情と体勢で、堂の内でも幾重に縄を掛けられていた。

 西国の名工による作である、と言われれば、こうして対面していなかったなら、それを信じただろう。しかし、ここまでの厳重な封と、そうまでされていても尚漂うこの邪な気は、それがただの石像でないことを覚えさせるに充分だった。牛面の左目下にはあの、蚩尤(しゆう)の眷族を示す印が、まるで岩に出来た染みのように浮かんでいた。これが西国に封じられた魔なのだろう。

 その禍々しいものが、何故王宮のここに据えてあるのだろう。魔が封じられたのは建国の頃だと神話に聞いたから、この像は一万年、僅かな風化もなくあるということになる。壊すことも、地に埋めてしまうこともなく、像は堂の内に据えられている。ともあれ、それがここにあるということは、西の地の魔は復活していないのか。なら、きっと東の地の檮杌(とうこつ)や南の窮奇(きゅうき)のように、何か仕掛けて来るということもないはずだ。

「誰だ! そこで何をしている!」

 背後からの声に、ファンは驚きながらも、姿勢を正して向き直った。松明を持った、警邏(けいら)の役の衛士だ。何と応えるのが良いのだろう。こうまでも厳重に封を掛けられた場所だ。気配に気づいたとは、自分のこのなりでは言いづらかった。

「すみません、正門が閉まっていたので、どこから帰ればいいのかわからなくなってしまって」

 堂の事を置いて、自分の現状だけを応えた。火の明かりがさらに、堂の中を照らしている。闇の中で見たよりもはっきりと、像の影が映る。

「それならすぐに門の衛士に声をかければいいものを。向かって右手、正門の東に通用門がある、そこで出られる。……行け、というのも容易いが、まぁいい、案内しよう」

 来い、と衛士に導かれて、堂を背にする。後ろにするとさらにその嫌な気が強くなったような気がした。衛士はあれが何か知っているだろうか。ファンは衛士の横に歩き寄る。

「さっきの御堂は、何が祀られているんですか? 西都の鎮守は白虎様だと聞きました」

 衛士は一瞬面倒そうな顔をしたが、小さく息をつくと答えてくれた。

「あれは、建国様が先代の白虎様と押し縮め、封じた魔獣饕餮(とうてつ)だ」

 西の魔は、名を饕餮というらしい。人の目をした牛には、そぐわないほどの多くの牙があった。

「像の中に封じられているんですか?」

 さらに続けて問うと、衛士は困ったような顔になる。

「俺とてただの衛士だ、詳しいことは知らん。だが、あれが饕餮の体そのものなのだと聞いたぞ。……魔のものなら壊せばいいものを。あの周りを見回るのは、いつも気分が悪くなる」

 半ば愚痴のような調子で、衛士はそう言った。石にその身を封じたのではなく、その身そのまま石とした、ということだろうか。松明の燃える小さな音と虫の音を聞きながら、衛士について歩いてしばらく。衛士の立つ東の通用門に出た。夜番の衛士が半分開けられた門の内に立っていて、ファンは引き渡されるように、そこをくぐりぬけた。

「今回は、迷子だということにしてやるから、すぐに家に戻れ。あまり王宮をうろつくな。お前がもし大人なら、不審な者と上に突きだすところだぞ。もう子供という年でもないだろう。次は気をつけろよ」

 あの見回りの衛士が語気を強めて言う。ファンは、すぐに頭を下げた。

「すみません、ありがとうございました」

 出たところは、大通りから外れた裏手の道のようだった。塀沿いに行けば、大通りに戻れるだろう。そこからなら来た道だ、目印にした建物を辿ればわかる。宿は東にあって、橋を渡った別の山だが、ファンは逆の方へ足を向けた。シンの帰りが遅いなら、西の端にいる一座のみんなとしばらく話もできるだろう。遠い地で一人で待つのは心細い。

 歩きはじめて、その横を温い風が抜けたが、門の内で感じた邪気はなく、かねを鍛える鍛冶場からのものだった。ファンはふと門の内を思って王宮を見やる。代々の王達は何を思いながら、あの像を残したのだろう。そして、それを今あの王がどう扱うのか。そんなことを考えながら、ファンは宵の道を歩いた。

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