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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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西の王、西の守護者(3)

 玉座の間の前室、控えの間にはもう既にダオレン達が待っていた。こちらの姿に驚いたように顔を上げる。

「なんだ、先客はファン達だったのか。一人か? 兄ちゃんはどうした?」

後ろで閉まった重たい扉と、見知った者の顔と声に胸の内がこぼれそうに湧き立った。目鼻の奥がぎゅっと締まるような感覚に、その下の口までがふるふると震えた。

「師匠は、まだ、残って話があるみたいで……」

 やっとそう絞りだしたが、その先を言葉にしたら別のものが溢れてしまいそうだった。ぎゅっと拳を握りしめ、込み上げたものをせき止める。

「……どうしたの? 大丈夫?」

 先にダオレンと一緒に来ていたユーリーが、こちらの様子の変化に気がついたらしかった。泣きそうになるのを首を振って堪え、大丈夫です、と応えて見せる。

「先に宿に戻ることになったんです。大事な話だそうですから」

「大事な話なら、なおさらお前が聞いてなくてもいいのか?」

 ダオレンの問いに、ファンは頷いた。

「きっと、聞かれたくない、いえ、聞かないほうがおれにとってもいい話でしょうから。無理に聞いたら良くないんです」

 そう応えて、言い聞かせるように頷いたが、ユーリーがそれに首を振った。

「でも、あなたは納得していないわ。そうでしょう」

化粧映えしそうなさっぱりとした美しい顔が、痛ましげにくもっている。納得しかけた心が引きもどされて、ファンは俯いた。そうだ。国や天に関わることは、ファンにはきっとわからないし、わかっても何もできないだろう。だが、師が旅をするきっかけになって――おそらく、今心を痛めている理由に関わるなら、何か力になりたかったのが本心だ。何も出来ぬだろうと思われていることも、まず知ることから拒まれていることも、寂しく悔しかった。かつて持っていた無力感に似た、胸に開いた穴。

「しっかし、ずっと旅してきたのに、ここで蚊帳の外ってなぁちっとばかし兄ちゃんも薄情だな」

 続いたダオレンの言葉に、ファンは慌てて首を振った。それでも、あの人は。

「もし蚊帳の外にされたのだとしても、ちゃんと理由があるんです。おれが知ったら自分以上に、おれに何か負担があると思っているんだと思います。おれがそれを構わないと思っていても、師匠はそう言う人だから」

 そうだ。考え方の違いなのだ。苦しいなら分かちたいとファンは思うが、シンは苦しいからこそ負わせたくないと考えているのだろう。なら、いつかシンが分かとうと思う時まで自分を鍛えて待ち、潰れてしまう前に助けられればいいのだ。ファンはしっかりとした目で二人を見つめ返した。

二人はしばし黙っていたが、扉が開いて、一座の呼びがかかってダオレンは、そうか、と息をついた。

「お前がいいってんならいいさ。まぁ気を詰めるのもよくねぇしな。お、そうだ。もし夕飯まだなら、一座に寄っていってくれ。一人で喰うよりはいいし、ちびたちも喜ぶ」

 西の端にいるぞ、という言葉にファンは礼を言って、明るく頷いた。扉のところで呼びに来たのは、蓐収と呼ばれたあの白虎の女性だ。一座の二人が玉座の間へ入ったのを見て、ファンも外へ出ようと踵を返した。

「待って」

 呼びとめられて振り返ると、すぐ傍まで彼女は来ていた。

「気を悪くしたならごめんなさい、陛下はあなたや青龍を傷つけたくて言ったわけではありません。ただ、あの人はこの国の暗い部分ばかりを見てきてしまった」

 深い紫の瞳を揺らし、蓐収は俯く。王が今のファンより年若くして王となったなら、王がした旅も子供の足で、何の頼りも支えもなく進む険しい道程だったはずだ。そこから見た中つ国は、彼の性情を変えたのだろう。その国の風に馴染む前に、吹きつけられて傷ついて。

「巡り合わせが悪かったのです。陛下がかつて羨み、そして許せなかったものを、今のあなた方から感じてしまったから。それはどちらが悪いというわけではありません。ただ、そうとわかっていてもあの人はああいう言い方しかできないのです。本当に、ごめんなさい」

 蓐収が小さく頭を下げるのを見て、ファンは慌てて首を振った。

「いいんです。でも、西王様が見たこの国も、おれが見てきたこの国も、どちらも同じ国ですし、どちらも間違いなくこの国だと思うんです」

 蓐収は微笑み、頷いた。

「ええ、そうです。ただ見た部分が違うというだけ、あなたが見る国も陛下が見た国も正誤なくありのままの国の姿なのです。私が見た国も、誰が見る国も、違いながら同じ国」

 見る人が違えば、国はまったくその様相を変える。西王が見た険しく厳しい国の姿も、ファンが見てきた美しく雄大な国の姿も、どちらもこの肖像である。ただ向きが違っただけだ。山間の町でジピンが、自分の目で見るようにと言ったのは、その人が見た姿でしか、そのものは存在しえないから、ということだろう。ファンは今まで見てきた国が今思うような善い国でよかったと思う。それは辛いものを見ずに済んだ、というわけではない。この善い世界を、愛おしく思うことができる。人に、土地に、感謝できることの、心地よさを抱いて生きられる。

「何をしている、紫晶! お前がいなければ、話にならん!」

控えの間で立ち尽くしていると、厚い戸を徹す大音声で、西王が自身の守護獣を呼んだ。そういえば、一座が中にいるのだった。

「すみません、陛下。今すぐに」

 こちらの声は徹るか分からないが、蓐収は慌ててそれに応える。押し開けようと扉に触れた蓐収の、その細い背をファンは呼びとめる。

「あなたが彼を王と認めたんですよね」

 蓐収は振り返り、少しばかり困った顔で微笑んだ。

「ええ。そして、同時に、私を彼が選びました。私たちは共に、何も知らぬ状態で王と神獣になりました。彼は人の上に立つ王としての振る舞いを、私は人と共に生きる神獣としての振る舞いを覚えていかなければいけないのです」

 金の髪留めをきらめかせ、蓐収はこちらへ向き直る。

「私が小間使いのようなことをしているのは、人の生活を覚えるためなのですよ。ついこの間まで、四足で歩いていたのですから。同じことは、あの人にも言えます」

 蓐収は辺りを見回し、小さく残った壁の飾りを指して言う。

「この城に何もないのは、陛下がしたことではなく、凶荒中に困窮した官が仕方なく払ったからなのです。今はまだ戻せませんが、陛下はああいうものが好きなのですよ。そうでなければ、旅の芸一座を呼ぶこともないでしょう」

 確かにそうだ。頷き、互いに小さく笑うと、その後ろで扉が開いた。苛立ちをその顔に浮かべた西王その人だ。

「いつまで待たせる気だ……なんだ、小僧。まだいたのか。お前の師はしばらく帰らぬ、さっさと宿へ戻って寝るがいい。道がわからんわけではあるまい」

 ファンは大丈夫です、と応えて、出口の方へと少し足を下げた。この気を張ったような態度も、もしかしたら蓐収の言うような、“それらしい振る舞い”のうちなのだろうか。そう思うと、さっき感じていたような怖さはもうなかった。

 去ろうとすると、蓐収が口を開いた。

「あなたも、青龍に何が起きたのかは知らないのですね。確かに、人の子は図れぬほどに長い年月の間のこと。なら、私が話を聞き、私からも彼に語りましょう。国の根幹にかかわることですから教えられることは少ないと思いますが」

 ファンは足を止め、返事と共に深く一礼した。扉を閉め際に、ふん、と小さく鼻の息の音がする。

「礼義を教わっていて良かったな。それなら化物じみて長生きの、城の官どもに何も言われずに済むのだろうが」

 扉の向こうになった若い王に、ようやく自分と同じ、人らしさを感じてファンは幾分か軽くなった足で、城の外に向かった。西の方だと言っていただろうか、一座の皆に会いに行こう。

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