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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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西の王、西の守護者(1)

 その後、二人は一度宿に戻り、仮眠をとった。目が覚めると、外は暮れ始めて金色になっていた。なんだか、体が軋むような感覚がある。久しぶりに寝台で寝たからだろうか。関節がわずかばかりに痛い。

「やっぱり他のものに慣れると、体が痛みますね」

「骨が痛むか?」

 問われて、その通りだと頷く。シンはこちらをじっと上から下まで眺めて、意味ありげに笑んだ。

「ちょっとこっち来てみろ」

 手招きに従ってシンの元へ行くと、まっすぐ立つように言った。

「やはりそうだ。伸びたな、もう肩を越すのもすぐだ」

 ファンははっとして、やはりまだ高いシンの顔を見上げる。確かに、旅を始めたときは、もっと遠く見えていた。実際の背でも、気持ちの上でも。にじむ様に湧く嬉しさと感慨に、ファンは頬を緩めた。

「同じくらいに伸びたらいいです」

 呟くと、シンもそれに微笑んで返した。

「かもしれん。俺はもとより人型はこの格好から変わらんから、もしかするとお前のほうが高くなるかもしれんぞ。あとで、バクに教えてやれ、喜ぶだろう」

 ファンは頷いた。そう聞くと、今まだ微かに感じる痛みも、喜ばしく感じる。この旅が終わるころに、自分はどうなっているだろう。少しでも、今より成長しているだろうか。旅を始めたころと、今がすでに違っているように。

 城に向かって歩き始めて、ファンはシンの夢のことについてたずねた。まだ夢を見ている感はあるらしい。が、夙風(しゅくふう)に封をかけてからはひどくそれに病んだりはないという。ずっと身に着けてきた剣が、自国の什宝が国の守護に苦を与えるというのは、やはり何らかの意味があるのだと思う。そしてそれは、天が言う“剣の故”にかかわってくるのだろう。

 いよいよ暗くなる前に再び吊り橋を渡り、城門前に着いた。聞けば、まだ西王は戻っていないらしい。だが、暗くなってきているから、そろそろ戻られるだろうと中へ通された。白の国の王宮には、南のような華美な装飾が一切といっていいほどなかった。多少凝ったつくりのものがあっても、邪魔になりそうなものは端に除けられている。臣や官が行き来する以外、城はまったくの空の箱だ。覗き見えた部屋は、文机と明かり、書棚くらいで、不要なものがないというより最低限必要な物しかない。

「ここに、王様がいるんですよね?」

 問うと、シンはもちろんだ、と答えたが、その答えも後におそらく、と付け足されるほどのものだった。

 王座のある謁見の間の、その前室に通されて、二人は勧められた長椅子に腰掛けた。

「あの、ここで聞くのもどうかと思うんですけど、どうして先の白虎様は亡くなったんですか? 神獣は天のある限り健やかで、よほどのことがない限りって……」

 シンは小さく息をつき、その表情を曇らせて、応えた。

「俺から言うのもな。ただ、よほどのことがあった、としか言いようがない。白の国の王と神獣は、酷な定めを負ってきた。――白虎は自刃したのだ」

「――神たる者の死をそう易々口にするか、青龍」

 ぴんと張られた若い声に、二人は振り返った。勢いよく開けられた入り口から、颯爽と白い衣の若い男が、前室から謁見の間へ向かって歩きぬける。じっと見やれば若い、どころではない。もしかすれば、ファンよりほんの少し年上というだけかもしれない。

「なぜここまで来たかは見当もつかんが、入れ。用件を聞こう」

 謁見の間の扉を押し開け、その若い男は中へ声をかけた。

「今帰った。どこだ、紫晶(ししょう)

 ファンはシンの顔を見て、男の正体を問おうとした。が、息の音に止められて、それを口にするのをとどめた。尋ねずとも、すぐにわかることになった。その若者は、まっすぐに玉座へ進むと、そのままどっかりと腰を下ろした。

 この青年と呼ぶかも考えるような若者こそが、中つ国の西域、白の国の国主にて、白虎の獣人たる人間なのだ。数年前に即位した、ということは今のファンよりも歳幼くして就いた、ということになる。浅黒く焼けた肌に、深い銀の髪と瞳。挑戦的で自信に満ちた眼差しは、この者が王であり、自分が民であることを認識するのに余りあるほどの輝きだ。身に着ける衣は、多少丁寧な仕立てと良い生地であることを覗けば、あまり民と変わらない、動きやすい服。誰かを探して、西王が口を開くと、八重歯が覗いた。

「いないのか」

 王の声に答えて、玉座の裏からひとつ影が現れる。

「いえ、御前に。お帰りなさいませ、陛下」

 女官姿の若い女が玉座の横に控えて、かしずく。ひらひらとした袖の部分には、虎模様の染め抜きがあり、たわわな乳房を止めるように、胸には白い玉の飾りが光る。若き王からこちらへと視線を移した女性は、わずかに驚いたような表情を浮かべたものの、清廉な様子でそこに立ちつくす。

 シンに倣って、そこに平伏したファンは、王の許しを待って顔を上げた。

「お初にお目にかかる、西王陛下。東の地より践祚(せんそ)言祝(ことほ)ぎと、二三、お願いがあって参上した」

 座したまま、シンは用向きを告げた。お願いとは何のことだろうか。ふと考えて、ファンははっとした。そのお願いこそが、シンの旅の目的ではないのか。

 そうだ、シンは初めから何か目的があって、旅を続けていたはずだ。南の地でそれを済ませたのかはわからないが、今までずっと自分は旅こそが目的だと思ってきた。が、国や民の想うシンが、あれほどに国を離れることを自戒し、他に咎められながらも旅を続ける理由。太極を――自分を連れることになったのは、ほとんど成り行きだ。

「ほう。守護の責を投げてまでの用件か。では、東の女の言っていたこととは、当然違うのだな?」

 あまりに当然のように話すから、彼の言う東の女が東王陛下だと気づくまでに少し時間がかかった。

「そのように考えていただいて結構。……まさか、貴下が即位されるとは思わなかったが」

 シンの応えに、西王は鼻を鳴らして笑った。

「俺もわからぬが、何も問題あるまい? 確かに、天を恨んだ孤児(みなしご)が王になり、兄の死を止められなかった獣が、跡を継いで白虎と変わる。西の地ほどに天に弄ばれた国はないな」

 背もたれにどっと寄りかかり、見下ろすようにして、西王は続ける。

「まぁ、それも今はどうでもいい話だ。――とっとと用を言え、西の地はお前の地と違って、いろいろ忙しいのだからな」

 シンに先を急がせて、西王がこちらをじろりと見た。微かに笑ったように思ったのは何故だろう。ファンは落ち着かなさを感じながら、シンの用に耳を済ませた。

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