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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
153/199

雲上の西都

 翌日、雨はないが空の高いところを雲が覆っていた。随分上ってきたせいか辺りは霞か雲か、白いもやが浮かんでいる。ここまで車を引いて来た丈夫な馬もその足を止めるような勾配に、最後には皆で荷馬車を押すようにしながら、西都前の坂を登りきった。坂の上まで車を押し上げ、皆で足を止める。ようやく西都に着いた。見えた西都の全体図に、ファンは嘆息する。眼前に広がるのは、ため息の漏れるほどに壮観な都だった。

「すごい……」

 立ち上る蒸気と並ぶ雲とが街を包み、都はまるで雲間に浮く、空の城だった。

 大平原の中にあった南都とは異なり、西都は岩山の平らな部分に家を重ね建てたような、山そのものを城にしたような造りになっている。いくつも並び立つ尖った山にそれぞれ散らばる町々を、大小問わずのつり橋が繋いでいる。外壁はなく、王宮を含む最も大きな山にある大手門から渡された白く太い縄が街を囲んでいる。封を結ぶと縄が壁の役割を果たすという。

 あちこちで上る蒸気と、谷間にこだまするかねを打つ音。地を揺るがすような、低い雷のような唸り。まさしくここは西国、白の国の都なのだ。大手門への広く大きな吊り橋を、高さに怯える馬を引いて渡り、門の衛士の調べを受けて一行は西都へと入った。

 入ってすぐ、ごぉん、と地響きがあった。加えて、あちらこちらで蒸気の噴き上がる音がしている。家の後ろには、水車のような大きな鉄の歯車が回っている。からくり箱の歯車の集まりだ。それが回るのに引かれて、別の山へと谷に渡された縄が回っているのが見えた。手桶がついていて、荷がやりとりされていた。中に入ってしまうと、都はまるで大きなからくり箱のようだった。

 谷底から吹く風は冷たいが、通りに入ると時折温かい風が通る。通りに面した家を覗くと、奥で赤々と燃える炉が見えた。高く響く鎚の音も、ここからのものだろう。他にも同じような家があって、鍛冶屋の多い道らしかった。

「兄ちゃん達、ほれ」

 ダオレンが渡し場の町で寄こそうとしていた白い袋を投げ寄こした。銭の詰まった袋はずしりと重い。

「こんなに貸したつもりはないが」

 こちらが袋を抱え直したのをみて、シンはダオレンの方を困ったように見て言う。

「見物料は小銭だからな、細かいだけで確かに借りた分だけさ。いや、本当に助かったよ」

「何、こちらも道中随分助けられた。それに思ったより早い到着だ。……だからこそ、こんなに返してもらうわけにはいかん。それに、これから歩くには、これでは重いな? ファン」

 シンがこちらを見て、同意を求めるように笑う。ファンも解るように袋を持ち直してみせた。これを抱えて、また山の上り下りは大変だ。

「そうやってっと、こっちは恩も金も返しそびれちまう。重いったって、天下の技の国、西の都だぜ? 両替屋がいくらでもあらぁな。銀にでも金にでもしてもらえば、ちゃあんと懐に収まるさ」

 ダオレンは大きく口を開けて笑った。再び、シンとファンは顔を見合わせ、小さく笑う。今度はこちらが折れる番だろう。大人しく、懐具合を元に戻すべきか。

「さて、とな。俺達はこれからまず王宮へ向かわねぇと。興行と、寝起きの場所を借りにいくさ。兄ちゃん達は、宿を取るんだろう? その袋も小さくしてこねぇとな」

「我々もいずれ王宮へ向かうが、そうだな。ここで別れよう。……雲海座の一行には、大変世話になった。感謝して足りない」

 シンが頭を下げて言うと、ダオレンや一座のみんなが笑いあって応える。

「なぁに言ってんだ。そりゃこっちの台詞さ。俺は気が(みじけ)ぇからな、兄ちゃん達に会わなけりゃ、早船のところで今頃縄を喰ってるぜ。……すぐ先に行っちまうこたぁないだろ? 新しくここの舞が出来たら、見てほしいんだよ。だから、ここはひとまずの別れってことにしようぜ」

 それがいい! と子供たちの声が揃って応える。

「にいちゃはぼくの!」

 ちびがひと際大きく声を上げる。ファンはそれに頷いて、またね、とちびに微笑みかけた。ではひとまず、とこちらも繰り返して、宿のあるという谷の向こう側へと、二人は足を向けた。

「おっと、その前に銀座によらないとな。これだけあってもな、宿に着いたら水盆鏡で陛下に預けよう」

「……シェランさんに?」

 そう言うと、シンはわかるほどに頬を赤くして、照れたように微かに俯いた。やられた、と言わんばかりにこちらを見て、ほんの少し咎めるような調子で言う。

「あんまり陛下の名を出してくれるな。呼び捨てにしていたことは、絶対に人に言うなよ。確かに朱明はああだったが、本来、王は神獣の(あるじ)なんだ」

 はい、と含み笑いに返事すると、シンに軽く肩を小突かれた。

「今度寝る時には、口を結わえておく」

 悔しげな口ぶりに、ちょっとばかり得意になって、ファンは頬を緩めたのだった。


 宿を取って荷物を預けて、二人は再び王宮のある山へと戻る。あちこちに高低差があるから、階段が多い。山と山との間を渡されている吊り橋は、丈夫な縄で掛けてあるが大勢が歩けばやはり大きく揺れる。橋のたもとには渡る人を数える衛士がいて、一定の数以上が通らないように、渡り人の調整をしていた。無数にある小さいつり橋はその限りではないようで、(しゅ)ではない橋の多くは往来が自由だ。そこは人々が互いに譲り合って、橋を保っていた。都の人々は子供も大人も慣れた様子でさっさと橋を渡るが、他所からの旅人はどんなに勇んでも元より住む人に比べれば、その歩みは遅い。ファンは渡された縄を掴んで、なるべく下を見過ぎないように足を踏み出す。なにしろ、谷は雲もあってだが、底が見えないのだ。風や人の往来に橋はよく揺れるし、踏み出せば助からないだろうから、やはり怖い。

「大丈夫か? 案外こういうものはさっさと渡ったほうが揺れんものだぞ」

「わ、わかっているんですけど、やっぱり……」

 先に行くシンが振り返って言う。町人ほどではないといえ、シンは殆ど怖じる様子もなく足早につり橋を渡っていく。こちらの答えにシンは笑った。

「お前、朱明に力を貰っていただろう? 落ちても飛べる、大丈夫だ」

 そうですけど、と不確かな足元を見ながら応える、龍化ですら意のままには遠いというのに、谷底までに真っ逆さま、の状態で朱雀化出来るとは思えなかった。きっと、頑張っているうちに底に着くだろう。どうせなら気を失って落ちたいと思う。

 やっとのことで渡りきり、二人は大通りへと出た。街を行き来しながら気付いたのは、獣人の多さだった。数がいるかどうかではない、それが街で当たり前のように人前で力を使っているのがめずらしい。獣人自体は普通の人に比べればずっと少ないし、大抵がみだりに力を使うことを嫌がる。大抵が力作業や高所作業、手足に獣性を纏わせた人が、あちらこちらで作業している。目を凝らせば、彼らの手足には白い巻き布がある。問うとシンが顎に手をやりながら応えた。

「おそらく、臣である獣人を街に出しているのだろうな。確かに人には出来ぬことも、容易くできることが多い」

屋根から屋根へ、人によっては谷の間を渡された縄でさえ、それを足場にとんとんと渡っていく。ファンにとって獣人は大抵が役人だったから、この光景は不思議だった。

城へ渡るにも、つり橋と階段を行かねばならなかった。城の前のつり橋が衛士の詰め所になっていて、謁見を求めるために行くと、ダオレンとユーリーの姿があった。

「なんだ、随分早い再会だったな」

 ああ、と頷いてシンが衛士へつめる。衛士はこちらをじっと見て、問う。

「貴殿らも謁見か?」

「ああ。東都より参った。弟子と共に西王へ(まみ)えたい。東より(きた)る、有足の蛇だと」

「確かに伝えよう。しかし、今、陛下は城を空けておられる、夕方頃戻られるゆえ、謁見もその後が良いだろう」

 ダオレンが、その通りなんだよ、と言わんばかりにこちらを見て肩をすくませる。シンとファンも顔を見合わせた。城を空ける王とは、どういうことか。しかし、いないとなれば、衛士の言うとおり来るのを遅らせなければ。詰め所を出て、またダオレン達と別れる。夕刻、きっとまた会うことになるだろう。

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