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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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西国の道

 後ろを見ると、全ての人が渡りきったのか、川底の道はどっと音を立てて、再び海へと流れ出す。溜まっていたのを一度に、というのではなく、たわみを直すように少しずつ元の水量に戻していく。流れが元に戻り、ファンは前方へと視線を戻した。

河原から街道の道へあがると、雲海座の荷馬車が止まっていた。待っていてくれたのだ。呼ばれて二人は前の一台に寄る。御者として乗るダオレンが、後ろの荷馬車を指して言う。

「後ろのやつに乗ってくれ。前は殆ど荷物だからな。がきどもが嫌でなければ、そっちの方が楽なはずだ」

 こっちこっち! と子供たちが後ろの荷台で呼んでいる。シンが微笑む。

「ありがたい、そうさせてもらう。何かあれば言ってくれ、手伝おう」

 頷くのを見てから、ファンは今行く、と子供たちに手を振って見せた。馬の方がやはり徒歩よりは早いし、きっと疲れにくいだろう。荷馬車に乗るのは、小さな頃に隊商の車にこっそり乗ったとき以来か。あの時は、乗った馬車が町を離れていって、その町影があんまりに小さくなったから、いくらもしないうちに怖くなって飛び降りたのだった。歩いて町まで帰って、帰ってバクの顔を見るなり、泣いた覚えがある。町が見えなくて泣いたあの頃に比べて、今はずいぶん遠くへ来たと思う。育った町は今、黄の地を越えて、中つ国の反対側にある。

「途中で寄りたい町はあるか?」

 ダオレンの問いに、シンがない、と応える。ちび、と呼ばれている子が荷馬車を下りて、こちらに駆けてきたのをあやしながら、耳をそちらにやって聞く。抱き上げてやると、子供はきゃっきゃと嬉しそうに笑った。

「俺達は日中、馬車で出来る限り進んで、夜は街道脇で休む。この人数だしよ、宿は取らねぇんだ。まぁ、野営ってわけだが、俺がいりゃあ獣は来ねぇし……」

「こちらは乗せて貰うわけだ、そちらの則に沿うつもりでいる。気兼ねなく色々してもらって構わん」

 そりゃあ良かった、とダオレンが表情を和らげる。後ろに乗ると、子供たちと、ユーリーというあの女性、御者の交代をするであろう若手がもう一人乗っていた。賑やかな荷台だ。は、と馬を進める声があって、荷馬車は少しずつ動き始めた。初めはゆっくりと、そして、勢いがつくと確かに歩くよりずっと早かった。

陽はすっかり山影からのぞき、幌の隙間から頬に当たる光が温かい。ちびは片時もファンの傍を離れようとしない。今も、横にちょこんと座って、こちらの指をぎゅっと握っている。シンの方は、御者の若者や年長の男の子たちにすっかり囲まれている。やはり龍化の話らしかった。困り顔で応えるシンの姿を見て、町にいた時に自分が同じようなことを聞いた時も、やはりああいう顔をしていた、と思いだす。そうしてやはり、遠くへ来た、と思うのだった。

指が自由になったのを感、見るとちびは今度は腕にすがっている。ぎゅっと腕を抱き、言う。

「にいちゃ、ぼくの」

 小さく頷いてやって、その頭を撫でてやるとちびはにいっと歯を見せて笑った。揺られて少しすると、ちびはうとうととし始めて、そのうちに寝てしまった。手足を投げ出して眠るちびの体を、ユーリーが抱き上げる。

「この子にはおにいちゃんでもいたのかしらね。早く、西都につきたいわ」

「ちびはどこから来たんですか?」

 問うと、今度はユーリーがファンの横に座る。

「陽山を越えて、この国に入った頃、街道の脇に一人で立ってたのよ。人もいなかったし、町も遠かった。都にいたというから、きっと置いていかれてしまったのね。ダオレンはうちの子にしたらいいと言うけれど、出来ることなら親の傍に返してあげたいの」

 ユーリーの細い膝の上に頭を乗せて、ちびは静かに眠っている。ここにいる子供たちのように、ちびも何か事情があったのだろうか。きっとこれくらいなら、親の顔も解るはず。一座のみんなと一緒だからだろうか、それでも親を捜して泣いたりしなかった。

 幌の左手、街道の西側はしばらく海が見えていた。今日は天気が良いから空の青と同じように海も青く広がっていた。青色も一様ではなく手前は浅い色、水平線は紺に、所々緑がかって、一所に同じ様子のところが無い。時々に休みを入れながら、午後には次の町が見えた。いつもならここで宿を取って、翌日の歩みに足を休めるところだが、今日は町を横目にさらに街道を進んだ。

途中で何回も歩きの旅人を追い越して、荷馬車はがらがらと調子よく街道を進む。海に沿って北上していた街道も、徐々に海岸を離れ、再び山の方へ向かう。まだ勾配を感じることはなく、まだ平原だ。所々に人の姿が見えるのは、そこに畑を起こそうとする耕人だろう。地表には時々白い粉が覆っているようなところがあった。足で擦ってみて塩だとわかる。こんな所まで海が上がったのだろうか。土に塩気があると、何かを育てるのは大変だと聞く。硬く乾いた大地に、鋤や鍬を入れて、水を引く。言えば容易いが、きっと手間も時間もたくさんかかるだろう。

 街道の途中で、野の獣の声がした。近くに群れが来ているのだろうか。ファンが不安を感じていると、子供たちがだいじょうぶ! と笑った。獣の声に応えるように、今度はずっと近くから、遠吠えが聞こえる。ダオレンのものらしい。しばらくして帰ってきた声はずっと離れていて、もう心配ないのだとわかった。

「みんながこうやって、獣の心配なく進めたらいいのになぁ」

 ファンは呟く。凶荒の憂き目にあったのは人だけじゃない。木も獣もみんな等しく苦しんだはずだ。時折見えるひどく曲がった若い木も、飢えに吠える野の獣も、もっと大地が生気に満ちれば、穏やかに過ごせるようになる。旅の道が穏やかになれば、離れて思う四方も、もっと近くなるだろう。

 白く見えるほど海を照らしていた陽が、傾いて直に見ても眩しくなくなってきた頃、荷馬車は止まった。街道の脇に荷馬車を止め、木に馬を繋ぐ。ファンは、馬の世話を手伝った。今日一日、車をひいた馬を労り、毛をすいてやった。

 子供たちは火を起こす準備をしている。みんなはそれぞれに木切れを拾ってきて、徐々に大きくなる火の中に投げる。時々炎の色が揺れるのは、枝が塩気を含んでいるからだろう。荷の中の食料を皆でそろって食べて、ファンは自分の荷から、子供たちに菓子を少し分けた。

完全に暮れてしまうと、外は冷えて火の熱から離れられなかった。夕飯を済ませて、少し休むと子供たちが一斉に立ちあがった。片づけか、寝る支度だろうか。ファンも立ち上がり、何をするのかと問う。

「練習!」

 一斉に声が返ってくる。小さい子たちは火の傍で、ユーリーと一緒に歌詞をさらいはじめ、大きい子たちは体の柔軟を始めた。曲芸の練習だろうか。自分も、何かやろうか。柔軟している少女の横で、ファンも座って体を伸ばす。芸の練習はできないけれど、いつもやっている組み手の練はできそうだ。

 体を動かせば火を離れても温かい。それに少しでも疲れれば、夜はきっとよく眠れるだろう。

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