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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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開演

 しばらくして、シンとダオレンが揃って戻ってきた。二人が戻る少し前に、街道の方から馬に乗った一座の若手が戻ってきて、今は駆けてきた馬に荷の中の飼葉を与えて、その毛をすいてやっている。鹿毛の馬が二頭と、葦毛と青毛が一頭ずつ、どれも足のしっかりとした馬だ。撫でてやってると、馬の世話をしていた青年が飼葉を少し分けてくれた。餌をやっていると、シンが向こうから呼んだ。

「ファン。宿が取れたぞ、買い出ししたら今日はもう宿に引こう」

「はい! 今行きます」

手に残っていた飼葉を葦毛の馬に全てくれてやって、ファンは手についた葉屑を払った。子供たちは少し前まで遊び疲れてうとうとしていたが、ダオレンが返ってくると小さい子以外は皆ぱっちりと目を覚ました。なにやら皆で集まって話している。聞き耳を立てると、どうやら今日の演目について話しているらしかった。ファンより小さい子もその中にも交じっているが、あの子たちも何かやるのだろうか。

「では、また後で会おう」

「おう、絶対来てくれよ! 町の広場だぞ。始まる前に太鼓を鳴らすからな!」

 ダオレンは手を上げて、シンの呼びかけに応える。その後、すぐにまた一座の仲間に指示を出し始めた。はしゃぎまわっていた子供たちも今はきびきびとその指示に従っている。楽しみですね、と言うと、シンも応えて頷いた。

 町に入る前に、シンが足を止めて懐から何か取りだした。小さな巾着だ。

「宿に行ったついでに、路銀を少し送ってもらった。もし足りないものがあるなら、きちんと揃えておくんだぞ」

 シンが路銀の入ったそれをこちらに手渡す。ずしり、と重く、袋の口から僅かに金色が覗いたのが見えて、ファンは慌ててシンの方を見た。町にいた頃に貯めた小遣いも確かにもう残り少ないが、多すぎないか。何より、シンが持っているお金というのは、バクがくれる小遣いとは違うはずだ。

「あの、これ……」

「出所は気にするな、王宮を出ないと小遣いも溜まるもんだ」

 軽く小遣いと言っても、ファンの持ったことのないような大金だ。何度も巾着の中とシンとを見比べると、シンは笑う。

「俺が王宮にいても何もしないから、代々の陛下がたまには何か買えとくれていたものだが、結局こういうことでもないと使わん。金はやはり使わなければ意味がない。まぁ、無駄遣いしなければいいだけだ」

 ファンは巾着を落とさぬようにしまうと、気をつけます、と答えた。慣れない重さに緊張していると、シンが、歩き方がおかしいぞ、と笑った。


 保存のきく食べ物と手ぬぐいを新調し、傷んでいた靴を治してもらうと、二人は宿の部屋に引き揚げた。ファンは、干菓子や飴をいつもより余分に買い足した。これからあの一座と一緒に行くなら、子供にも少し分けてやれると思ったからだ。南や北からの砂糖が入らないとかで、甘いものはやや高かったが、その分塩気のものは海が近いおかげで安く手に入った。塩も、岩塩と海塩と両方が揃っていた。

 買わなかったが、野菜や肉も東や南に比べて値が張った。陽山の噴火で、南のものが入りにくいだけでなく、聞けば、土地のものがまだうまく育たないのだという。鍬を下ろすと、石や凶荒の時の瓦の欠片に当たるし、草が少なければ野の小動物が減って、飢えた獣が家畜を襲う。大変ですね、と言うと、だからその分金を落として言ってくれ、と店主は笑った。そして、皆は口を揃えて言う。今は、王がいるから大丈夫だ、と。

 宿で足を洗い、夕飯までの繋ぎに飴をひとつ舐めた。今日は舟で下ったからそうでもないが、ファンはこれまで歩き通しで固まった体をぐっと伸ばした。日暮れも近い、宿の窓からは海へと沈む夕日が見えた。暮れはじめれば、あっという間に夜に変わるだろう。下を行く人々が何か楽しげに話している。広場の方を指しているから、あの一座の話をしているのかもしれない。微かに楽器の音がする、試し弾きだろうか。

 海が橙色に染まり、赤い火の玉だった陽が海へと沈んでいく。完全に沈む一瞬、海面を緑色の光が走った。それと同時に、閉門を告げる鐘が鳴る。真上の空は藤色で、東からは群青の夜が迫っていた。閉門からしばらく、広場の方から、太鼓の音が聞こえてきた。窓から外を眺めていたファンは、寝台で横になっていたシンの方に振り返る。少しうとうととしていたようだったが、ファンの視線に気付くと、シンはわかった、と体を起こした。


 広場には随分人が集まっていた。人だかりの向こうには舞台が組まれていて、暮れるのに合わせて既に篝火が焚いてあった。伸びあがるようにして、眺めているとくん、と後ろから袖を引かれた。振り返れば、一座の子だ。

「席とっといたよ!」

舞台のすぐ前はござ敷きの席になっていて、すでに殆どが埋まっていたが、見れば一番前の中央が開けてある。周りの話を聞く限り、他より値の張る席らしいが、構わないから、と二人はそこに座らされた。

 太鼓の音が再び成り始める。それは段々と早くなり、どろどろと辺りに響き渡ると、どん、とひと際大きい打音がそれを閉めた。舞台の裏から人影が現れる。ダオレンだ。不精髭はきれいに剃られ、渋い色の衣装に身を包んでいる。ダオレンはこちらを見やり、視線が合うと小さくだが嬉しそうに頷いた。そして、形式ばったやり方で、丁寧に一礼する。

「お集まりいただいた、皆々様。本日は急な興行にございましたが、見渡す限りの御来観、誠に有り難く存じます。我々、雲海一座。小さき一座にございますが、他では見られぬ業を揃えております。どうか最後までご鑑賞いただければ、幸い、幸い」

 普段の荒々しい口調からは思いもよらない、口上を朗々と述べ、ダオレンは再び一礼した。歓声と拍手が巻き起こる。舞台の裏へ戻っていったダオレンに変わり、舞台の脇に、楽人が並ぶ。篝火がひときわ明るく燃える。幕上げだ。ファンは胸が大きくうつのを感じながら、演者の登場を待った。

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