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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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船場(2)

遠目で見た御者は、近づいてみると随分とがたいの良い、屈強そうな男だった。微かに白髪の交じる黒髪を逆立て、船人に食ってかかっている。しっかりした体つきとはいえ小柄な船頭はまるで吊り上げられるかのように胸倉を掴まれている。他の船人が息巻き、場はすぐにでも殴り合いになりそうな気配だ。

「どうされた。怒声が聞こえたもので参上した、双方気を収め、落ち着かれよ」

 シンが戸口から声をかけると、周りを取り巻いていた船人の視線が集まる。が、その大柄な男は船頭を掴む腕を離さず、振り返りもしなかった。

「外野は黙ってろ! ……足元見やがって、義の国が聞いてあきれるぜ!」

 そう吠えたてる男に、掴まれた船頭も負けじと言い返す。

「何、こっちだって商売だ、そうそう根なし草の為に慈善なんぞできるかい!」

 そうだそうだ、と周りの船人もはやしたて、歯噛みした男は一層腕の力を込める。ファンはその男の腕に微かに腕力以外のものが滾るのを感じて、息をのんだ。鋭くなる爪――獣人だ。

シンもそれに気付いたのだろう、驚きと恐怖に静まる船人たちに割って入り、男の腕を掴んだ。爪こそ出さないが、見えるように手の甲に青鱗を現し、静かにかつ譴責を含む声で言う。

「事情は知らんが、その力の使いようは感心しない。――話を聞こう。外の者も心配しているようだ。そうがなり立てては何も好転しないぞ、座長」

 座長、とシンが呼ぶと男はその腕から獣性を引かせた。船頭を下ろし、男は小屋の床にどっかりと腰を下ろした。

「じゃあ、好転させて貰おうじゃねぇか。どこの(あん)ちゃんか知らねぇがな、納得できなきゃあ、俺ぁこっから動かねぇぞ」

 男の興奮は未だ冷めず、またすぐにでも爆ぜそうな様子だ。

外の幌馬車は旅の芸一座か。ファンも小さい頃に見たことがある。四方を旅回り、先々で演劇や曲芸を行うのだ。いくつかあると聞いたが、外の奇妙な一団とこの男はそれに属する者らしい。ふと気がつくと、ファンの後ろには、荷馬車から出てきた人々が小屋の中を心配そうに覗き込んでいる。

「まず、何があったかお聞かせ願おう。相手の時には口を挟まぬよう」

 男が座したのに合わせて、シンもその前に座した。船頭も向かい合う形で座り、男の方が先に口を開いた。

「兄ちゃんが言うとおり、俺ぁ旅一座の座長よ。旅一座ってのは普段なら好きに旅回るんだが、今回西王から特にお呼びがかかってな。急ぎの旅だってのに、火の山が噴いた上に、天の道は荷馬車を通せねぇ。それでなんだかんだ足止めを食っちまった。そこに、早船があるって聞いて来てみりゃ、それが今度は旅一座なんぞ乗せる船がねぇと来たもんだ!」

 そう言って、拳で地面を叩いた。後ろにいた子供たちがひっと息を飲むのがわかる。話が終わったのを確かめて、シンが頷いた。そして、船頭の方を見やると次は船人の方が話し始める。

「だから、本当に舟がないって言ったんだ。今日は舟が無くて終いだってのに、どうしても乗せろだなんて、無茶じゃないか。そうしたら、どの道荷馬車が大荷になるんだから、荷船に乗せろだなんて言い出す。元々人を乗せる舟じゃないから、責任が取れんといってるんだよ」

 外に一つだけ残る平たい大船を示して、船頭は言う。鉄の鋲や枠が取られた大船だ。確かにあれなら、馬以外の荷物も人も全部乗りそうだ。男はそれを苛々とした様子で聞いていたが、船頭の話が切れたかしないうちに吠えた。

「何が責任だってんだ、それなら荷船を出してやるから代わりに大金を払えと言いやがる。全員分の乗り賃に、まぁあれだけあるからな、荷代を多めにと思ったら、それがふた開けりゃあ目玉の飛び出るような値を言いだしやがる」

「何を言ってんだい、元々荷船は運賃が割高なんだ、あれだけの舟をここに戻すのだって下で馬を何頭も借りなきゃならん。わたしらは西王様に免許貰って働いてんだ、それをまるで私らが面白がって値をつけたように言って。そんなこと言いふらされちゃあ、信用に関わるよ」

 そう言って、船頭は小屋の壁に張られたそれらしき紙を指した。隅には確かに銀に縁取られた白い虎の判がある。白虎印だ。それを見た男は面白くない、という顔をして、鍋が焦げるような調子で言う。

「だから、下の町に着いたら興行やって、今足りねぇ分をそこで払うって言ったじゃねぇか。それを……」

 そこから先は立ち消えたようになって、男は膝に肘をついて、がりがりと不精髭を掻いた。ぷい、とそっぽを向いたその顔は、苦いものを噛んだような顔をしていた。今になって、自分に分がないことを理解した、という様子だった。

「それで、互いを罵るうちにあの騒ぎ、というわけだな」

 シンは呆れたようにため息をついた。

「どちらの仕事も西王の目に届くほどのものだ、立派な役だろうに。それがこのようなことで騒ぐとなれば、互いの信はおろか、西王の信も潰すことになるぞ」

 シンがそう言うと、二者とも俯いて黙り込んでしまった。しばし沈黙が続いていたが、それを破ったのはファンの後ろに張り付いていた、荷馬車の子供たちだった。

「ダオレン、おいらたちもっと速く歩くから! チビたち背負えばもっとだよ!」

 頑張るから、と口ぐちに子供たちは叫ぶ。静まりかえっていた場は一転して、子供たちの甲高い声でいっぱいになる。その上に、何ごとかわからないような小さい子がその声につられて泣き始めると、大きな子たちまで目に涙をためて、鼻をすすりだす。それまで、憮然として座り込んでいた男はそれを見るなり、強気な表情が消えて、おろおろと困り顔が浮かぶ。

「おまえら、火の山越えてきて大変だったろうが。俺だってそうまでして急がせたいわけじゃねぇんだよ」

 急に優しい声を掛けられた子供たちは、とうとう堰が切れたように泣きだしてしまった。怒声が響いていたときのほうが返って静かな塩梅だ。子供の泣き声に船人達もうろたえて、泣きやませようと出した手が宙を泳いでいる。荷馬車の中から出てきた女性がそれをなだめようとするが、泣きだしている数が数だ、そうそう泣きやむようすでない。

 その大音声の中、黙っていたシンが口を開く。甲高い声の中に大人の声が入ると、大きい子たちがしゃくりあげながらも、泣きやむ。

「船頭殿。もし、その荷船に人が二人増えたとして、半金ならばどのくらいになる?」

 シンの言葉に、そりゃあ、と男と船頭が同時に言い出して、結局二人とも言葉を引っ込めた。

「俺と弟子も、同行させて貰おう。旅の者だ、西王の信に関わることもない」

 シンはそう言って、こちらに振り返った。ファンはそれに頷いて返す。だが、流れを理解した子供が、わっと喜びそうになるのを制して、男は言う。

「そいつぁありがてぇけど、乗る気もねぇ舟に乗せて、金を払わせるほど、この雲海一座、落ちちゃあいねぇ」

「いや、元々乗るつもりだったのが、舟が無くて徒歩(かち)になったんだ。乗れるならそれに越したことはない。それに、下の町につけば、船代も間に合うのだろう?」

 シンが笑みを浮かべ尋ねると、男は居住まいを正し、すまねぇ、と頭を下げた。

「船頭さんよ、そういうことになるんだが、今度こそ乗せてもらえねぇか。乱暴して悪かったな。もし、それでも駄目ってんでも、俺らは大人しくこのまま進むからよ」

 男が頼むよ、と下げた頭に、船頭はゆるゆると首を振った。

「いや、わたしらも悪かったね。そういう話なら、責任もって下まで送るよ。子供たちに舟で騒がないように言ってくれるかい? 落ちたら大変だ」

 今度こそ子供たちがわぁっと歓声を上げる。それなら、すぐに支度だ、とシンが立ち上がり、小屋から出る。それについてファンも外に出ると、シンはこちらを向いて、頬を緩めた。

「さて、急流下りか。まとめるほど荷物もないが、支度をしよう」

 そう言ったその顔があんまりそわそわして見えて、ファンもことさら大きく、元気に返事をして見せたのだった。

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