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四神獣記  作者: かふぇいん
白の国の章
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剣の峰々

黄の地、御柱の章の続きです。

 白の国の山々は、遥か昔より水に風に、その身を削ってきた。鋭く切り立った峰々には木々は少なく、滝と散る河の水を岩に張り付いた苔が吸う。水を止めぬ西の地は、起伏が激しく、耕作のできる僅かな土地に人々は集い暮らしている。至黄の道の途中にも、そうして出来た小さな村が点在している。朝霧に霞む山村は、さながら水墨の画のようだ。

 初めこそ滑らかに傍を流れていた湍水(たんすい)は、国境を越える辺りから次第にその水量を増していった。辺りの山々は岩がちで、河は幾度も滝となり、繰り返し落ちる水は滝壺で白く砕ける。その湍水に離れては近づき、共に西へ向かう道も下りが多いとはいえ、荒々しい道ばかりだ。漂う狭霧にしっとりと黒ずむ岩の間を縫うように、道は続く。

 草木に乏しい西は、その代わりに良い“かね”が採れた。人々の使う(あかがね)(くろがね)。所によっては、白銀(しろがね)黄金(こがね)が出た。湍水の下流は、上で削られた岩が砂鉄となって積もり、陽山に近い南の方では硫黄(ゆわ)が採れるという。良いものが取れれば、自然とそれらを扱う優れた工匠が集まり、出来たものを広く中つ国へと売る商が盛んになる。商工の集う西は技の国であり、神獣である白虎の性から義の国とも呼ばれた。

 険しい道の続く至黄の道の途中、峠の平地で二人は腰を下ろした。そこには岩に割り込むように生えた松の古木があり、それを目安に旅人は休息をとる。見回せば、そこで憩う旅人には行商の姿が多い。黄の地へ荷を運んだ帰りだろうか。ここまでで湍水の本流支流、大小合わせ五十の滝を過ぎた。名のついた滝は七十あるというから、街道と折り合う平地までの道もあと半分を切ったところか。

 小腹塞ぎに干菓子をかじりながら、ファンは峠の下方を見やった。また河が近づいて来たからか、先は曇ってよく見えない。御柱を出てしばらく。シンに聞こうと思うことは多かったが、道の険しさにこれまでの道中のように、話しながらというわけにはいかなかったのだ。宿を得れば、少しでも身体を休めるために休まなければならない。西は獣が多いと聞いたから、それにも気を張っていなければならなかった。

 そして、聞けなかった理由はもう一つある。白澤から天の言葉を聞いてからというもの、シンは難しい顔で、何やら黙りこむことが増えた。何か遠いものを思うように、眉間にしわを寄せて。そうなると、時折返事を忘れることもあって、そこまで深く考え込んでいるのを遮るのも悪いとファンは質問を胸の内にそっとしまい込んだのだった。

“その(つるぎ)の故を問え”と、天は白澤の口を借りてそう言った。シンが持つ剣。東の町で会った時には、それはもう彼の腰に帯びられていた。ファンの目にもそれが相当のものなのはわかる。柄や鍔の細工も見事で、東の関で一度見たきりの刃は、遠目にもその鋭さを思わせた。けれども、それほどのものでありながら、シンはそれを使わない。いや、刃を凌ぐ鋭い爪を持っているのだ、使うところがないというのが正しいのか。ならば、何故。水筒の水を飲み、ふうと息をついたシンに、ファンはここぞと尋ねる。

「師匠、聞いてもいいですか?」

「どうした。何をだ?」

 此度はすぐに帰ってきた返事に、言い出しておきながら、ファンは少ししり込みするような気持ちを覚えた。それでも、すぐにそれを押しやって、問う。

「その剣って、一体どういうものなんですか? 師匠には龍の爪がありますよね」

「ああ、これか」

 シンは腰に下げていた紐を解き、胡坐(あぐら)をかいた脚の上にそれを乗せる。

夙風(しゅくふう)、という。青の国の神器にして、重宝だ」

「東の、神器ですか」

 ファンは驚き、シンの顔と剣とを(せわ)しく見比べる。神器となれば、大抵が不出の国の宝のはずだ。かなりのものとは思っていたが、まったく意の外の答えだった。それを察したのか、シンが笑う。

「いいんだ。東の神器は陰陽一対で、これは陽の剣だ。陰の剣は春宵(しゅんしょう)と言ってな、陛下が持っている。夙風は俺が持たねばならぬと決まっているから、こうして持ちだしたんだ」

 シンは鞘から剣を僅かに引き出す。擦れる音も清浄に、覗きこむ二人の顔を映す刀身は金属(かね)(すえ)か、微かに青みを帯びていた。

「しかし、故を問え、と言われてもな。大戦の後に、天から下されたものだということ以外、思い出せん。何より、この剣は二つで一つのものだ、故を尋ねるのなら春宵も同じはずなのだが」

 シンは再び、きちりとそれを収めて()き直す。

「まあ、確かに、今そればかり考えているわけにもいかないな。天の言うことだ、すぐにわかるような答えではあるまい」

 ファンは、遥かを思うようなその横顔を見つめる。やはり、シンはこの道の間ずっとそれを考えていたのだ。天が下した剣と言葉を持って、過去を手繰って。少しの沈黙の後、シンは立ち上がり、ぐっと伸びをした。

「そろそろ行くぞ。さっき旅の者の話を聞いたが、次の宿場は少し遠いらしい」

 眼前で揺れた御佩刀(みはかし)に目を奪われながらも、ファンは弾けるように立ちあがり、荷を担ぐ。少し風が出たからか、下方の道がおぼろげにも見える。

「はい! あ、師匠。おれ、もう少し急げます」

 そう答えて、屈伸して見せる。下り初めこそ、宿に着く頃には膝が笑いそうだったが、今は慣れたのかそこまで辛くない。丈夫になったな、とシンは笑いながらも小さく首を振って応える。

「水際の道だ、急いで足を滑らせると大変だぞ。これまでの調子で、少し早く出ればいい」

 それもそうだ。元々、自分は考え事をする度に足元がおろそかになりがちだから、剣のことを聞いた今で、苔むす西の道にあるなら、なおさらそれに気をつけなければ。ファンは靴が脱げてしまわぬように確かめて、シンについて歩き出す。

 峠の松を後にして、二人は再び、一路至黄の道を下る。


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