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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
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真命を知る

「遅くなりました、師匠!」

 そういってファンは頭を下げる。そして、白澤(はくたく)の姿にも気付き、小さく礼をする。

「何があった、ファン。見当たらなくなったと聞いて、押し通ろうとしたところだ」

 すみません、と小さく応えたファンに、白澤が続けて問う。

「君は、どこにいたのです。それに怪我など、徒事(ただごと)ではありません。話してください」

 ファンは考えるように俯き、言いよどむ。そして、意を決するように大きく息をした。

「地下に、いました。父や母の……最期と、おれを見たんです」

 ファンは確かな声で話し始めた。時々に言葉が切れるのは、隠しておきたいわけでも、今言い繕おうとしているわけでもなく、ファン自身もまだ困惑の中にあるかららしかった。

「どのことから話していいのか、わかりません。何を見たのかも、何を意味するのかも。順に話します、おれが見たものは全部」

 地下、と聞いて白澤は顔色を変える。地下など、シンも初めて聞いた話だ。ファンの頬の傷を治してやりながら、シンもそれに耳を傾けた。


 話し始めてしばらく。ファンは、初めの部屋に戻ったところで、話を切った。

「ジュジは、おれに何かしてほしいようでした。いや、ジュジだけじゃないのかもしれません。先生は、おれが何か負っていると言っていました。……おれには、何かしなければいけないことがあるんです。父や母が命をかけておれを守ってくれたように、おれにも何かやるべきことがある」

 話に聞き入るこちらを、ファンはしかと見やって言う。

「天や、ジュジもそうなのかわかりませんが、魔の者がおれにある何かを待っているから、というんじゃありません。父さんや母さん、先生が守ってくれた命だからこそ、おれは、おれの命を全うしたい。今は、もっと強くなろうと思います。師匠、善く生きるにも、力がいるんですね。与えられたものを守り、誰かに何かを与えられる人間になれるように」

 ファンは、お願いします、と頭を下げた。

「もちろんだ。俺に教えられることなら全部教えてやる。……辛かっただろう、よく最後まで見た」

 言葉を待って上げられた顔を見て、入る前と何が違うのかわかった。欠けていたものの充足と、受容に対する覚悟だ。この少年は幻を、過去を見て、今、そして未来の自分を見たのだ。不確かではあれ、大きくうねるその先を、受け入れる覚悟をした。わかっている。受け入れることは、耐えやり過ごすことよりも、酷な道になる。

「地下の剣は、何か君に伝えましたか」

 じっと黙って聞いていた白澤が口を開く。地下の部屋の話から、その表情は厳しいものに変わっていた。急な問いと初見の男にファンは口ごもる。

「……私は白澤、あなたの言う“先生”の副官です。この場を預かる者として、その内容は知っておかねばなりません」

 あなたが、と応えて、ファンは得心のいったように頷いた。

「幻の他には、何もなかったと思います。――あ、ただ、剣に触れた時、『まだ、ならぬ』って」

 その答えに白澤は腕組みし、そうですか、とだけ返す。

「白澤。その剣とは何だ。地下など俺は初めて聞いた」

「それに答えるには、まず、君のいうジュジという少年について聞かなければなりません。――青龍。このことは御柱の中でも一部しか知らぬ秘事。わかりますね」

「了解した」

 頷いて返し、ファンに話を促す。ファンがいうに、その少年はただ尋常でなかった、と。地下へ落とした時の恐ろしい気は、魔の者に感じるものに近かったらしい。

「どこかに、こんな印がなかったか?」

 拾った石で地面に牛の角の図を描いて、訊ねる。この紋様はファンも見たことがあるはずだ。檮杌(とうこつ)の腹や窮奇(きゅうき)の手の甲にあったもの、蚩尤(しゆう)の眷族を示す印だ。十五年前の魔が蚩尤だったのなら、大いにあり得る話だ。だが、紋様自体には頷いたファンも、それは見ていない、と答えた。

「感覚なんですけど、魔獣とはちょっと違うような気がしました。でも、人のような短命の存在じゃないと思ったのは確かです」

 ならば何者だ、と呟く横で、白澤が腕を解いた。

「その影が剣を狙ったのではなく、また正体が解らぬのなら思案の意味はありませんね。私が気になったのは、その者が真の社のことを知っていた、ということ。ファン、といいましたか。君が見たのは確かに御柱の中心。獏と私、他は数えるほどもいない者だけが知る極秘の存在です」

 周囲に人はいないが、白澤は声を落とし、続ける。

「天にその身体がないのは知っていますね、青龍」

「ああ。大戦の終わりだ。天の体は魔の者達を封ずるために使われた」

 同意を求められて、シンは頷く。供物や呪具のように、天はその身体を中つ国の平穏に供した。神獣と王はそれを知っている。否、これは居合わせた初代の記憶と神獣にしか知り得ぬことだ。

「今、天はその身を地下の剣にて休めています。常に留まっているわけではありませんが、実質的な器はあの剣なのです。天の座ならば、あの剣こそ世界の礎ということ。それを護ることこそ、神官の真の務めなのです。よって、その部屋を知るものは少なく、また、開けられるのは長と、君が見たように天の意そのものだけ」

 白澤は額の紫眼をファンに向ける。

「先見の力のない私にも、君のこの先に待つものが並一通りでないのはわかります。あなたの先生が天を護る(めい)を放してまで君を護ってきた、君はその実相を理解していなければなりません。他は君の言うとおりです、意志は常に強く持ちなさい」

「……はい!」

そして、と白澤はこちらに向き直る。

「青龍。あなたの旅の意図は、私としては正直賛成しかねる。しかし、今、聞いていてわかったでしょう。事情が変わりました。今のあなたにはこの少年と共に四方を巡る役目がある。天はあなたの旅を許しました。進みなさい」

 ああ、と答え、シンは青い巻き布の上から腕を握る。どうあれ、旅が許された。天はこちらの意を汲むつもりなのか、旅の間になんらかの事を伝えるつもりなのかは知れないが、これで進む大義は得たといえる。

 話が一段落し、シンはそれまでの話に、昔を呼び起こされた。天に関する記憶だ。

「ファン。その子供は本当に、“ジュジ”と名乗ったのか?」

 唐突な問いだったが、ファンはすぐに頷いた。思い出したのは名を聞いた時の懐かしい感覚の、その理由だ。

「天にまだ身体があった頃、天は自らを指してそう言った。古い言葉だ。意味は――」

 話を聞けば聞くほど、知らずに名乗ったとは考えにくかった。しかし、あの時ならまだしも、何故今それを名乗るのか。

 その答えも、この先にあるというのだろうか。

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