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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
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天黙し、水揺るる

 白澤(はくたく)はしばらく黙っていたが、しばらくしてゆるりと(かぶり)を振った。

「預かり知らぬこと。近づけぬということは、天もお答えになるつもりがないのでしょう。つまりは、それが答え。急ぎ戻り、務めを果たしなさい」

 そう言って、白澤はこちらに背を向ける。同じように御柱を見やったが、扉はまだ開く気配がなかった。言わせてもらえば、と白澤は半身向き直る。

「獏といい貴兄といい、容易に大任を投げようとする者を天がどうして御認めになったのか、私にはわかりかねる。預けられた(めい)は全うすべきでしょう。貴兄らにしか、出来ぬと預けられたもののはず」

 それは語りかけというより、呟きや自問に似ていた。僅かににじませた困惑は、短く長い十五年を思うものだろう。俯いた顔を上げ、白澤は再び問う。

「何をしているのです、青龍。東都へ戻りなさい」

「悪いが、中に連れがいるものでな、ここを離れられん。――それに、やはり俺の意思は変わらん。東の安寧こそ天の意思なら、俺がその妨げになるようではな。四方の意をはかりたい」

「……勝手なことを」

 吐き捨てるように言い、白澤は重く息をついた。額の紫眼がこちらを睨み据える。

「たとえ四獣とはいえ、この平穏を歪めるなら、決して許しはしない」

「全て覚悟の上だ」

 そう答えると白澤は、張り詰めた力を抜くように、ふぅと大きく息をついた。

「……で、連れとは誰です」

「バクが連れ出した太極だ。頼まれて弟子にして連れている。俺は弾かれたが、父母のこともあるから、一人で入れてやったんだ」

「その素養は」

 短い問いに、シンは首を振る。

「まだ知れない。だが、王でなしに四獣の力を使う。他に例を見ぬから、素養のことならばその眼に敵うものはないと思い、連れてきたのだ。看てやってほしい」

「構いませんが、ならば獏はどうしました。まさか、子だけここにやって戻らぬ、ということはないでしょう」

 白澤は続けて問う。長き生の中ではただ十余年とはいえ、それでも長の不在が長引けば、支障がでることもありうる。

「太極はここに置くために連れて来たわけじゃない。天に許された生の、その(めい)を知るための道中に寄ったまで。旅が終われば、バクの下へ帰すと約束した。返して言えば、子がバクの下へ帰る時は、バクの命も元に戻るんだろう。……俺がその意を測るよりは、お前の方がわかるのではないか? 白澤」

 そう訊ねると、白澤は不服そうな顔で応えた。

「……言わずとも。だから、困ると言っているのです。あの時とて、御柱に留め置く方が好いと言ったのを退けて行ったのですから、機が来るまで戻らぬつもりなのでしょう。貴兄と同じで、言っても聞かない」

 シンはただ苦笑いして、それに応えた。ふと見やると、湖の水が波立ち始めている。遠目にも扉が開くのが見えた。

「帰って来たか。天から何か得て来たかどうか」

 金に光を照り返す黄砂の道を巡礼の列が戻る。目を凝らして、その道に似た髪色の少年を捜す。全ての人が出たのか扉が閉まるが、遠目とはいえその姿は見つからない。

「……いないな。確かに入ったんだが」

「まさか。巡礼は必ず全員出るまで動きませんから、そんなことはありえません」

 続々と人は岸まで着き、それを待って湖は再び波立ち始めた。シンは白衣の副官と顔を見合わせる。人々は集まると、それぞれの国へと歩き始めた。そうこうする間に道は湖底へと消え、しばらく残っていた人々も四方への道へと向かっている。

道が完全になくなり、湖面が完全に凪ぐと白澤はその表情を険しくし、衣を翻した。

「中の者に訊いてきます。姿は」

「十五程で、金の髪を結った少年だ。一人で入った」

 その言葉を背に白澤は、途中で見えない壁を押し開けながら、水上を足早に行く。何があったかは知れないが、ファンのことならば、ただ迷ったというわけではないだろう。白澤の姿が御柱に消えて、シンは遥か上を見あげる。先は雲か霞みか見えないが、天はそこにいるのだろう。ファンのことも、東だけではない中つ国すべてに起こりだした変相も、すべて見ていたはずだ。

「応えぬからとて、気付いていないわけではないだろう? これだけ経ったのだ、放っておける歪みでもあるまい。何をしようというのだ」

 しばらくして、同じように水上を歩き白澤が帰って来た。その表情は思わしくない。

「金烏玉兎によれば初めの部屋に戻るところまでは、見たと。それと――」

「何か見ていたのか」

 何をかはわかりませんが、と白澤は置いて、答える。

「御柱を回る間、ずっと幻なりと話し続けていて、辛いものを見ていたようでもある、と。他の部屋にいないか、中の者全てに探させています。それでも見つからないとなると――気に入られたとしか」

 白澤が眉間にしわを寄せると、間の目も困惑したように細くなる。シンは立ち上がり、水辺へと踏み出す。

「たとえ天とて、今はそういうわけにはいかん。捜す! 俺を中に入れろ、白澤!」

「できません! その身をはじいたのは天です、私にはどうしようも」

「なら、多少無理をしてでも入るぞ」

 龍の気を纏いながらさらに進もうとすると、白澤が行く手をふさいだ。心ならずも、という感ではあったが、決して揺るがぬ覚悟の顔だった。

「なりません! 天を(おとし)めるつもりですか!」

「それで罰されるというなら、元々だ!」

 それでも引かぬ白澤と押し問答になり、ついには睨みあう形になった。

「御柱中で捜しています! 弁え、下がりなさい、青龍!」

 白澤の言葉と、ほぼ同時。湖の前で立ちふさがる白澤の後ろで、湖面が波立ち始めた。次いで、現れる金の道。

「どういうことです、さっき現れたばかりだというのに……扉も」

 開いた扉に現れた影は、今度こそ弟子の、太極の少年の姿だった。急いだ様子でこちらに掛けて来るが、見えてきたその顔つきは不安げに入っていった時とは、すっかり変わっていた。

「あの子供が、太極」

 砂上を掛けて来るファンを、白澤は三眼でじっと見つめた。見立ての業の最たるが白澤。そして、紫眼にその姿を映すこと数瞬、その眼はかっと見開かれ、顔は驚きを映した。

「まさか、キリンジ……?」

「どうした、何か見えて――」

 その呟きに、シンは見立てを訊ねようと白澤に近づいた。その瞬間、白澤は急な眩暈を起こしたかのように、前にのめり、額の目を押さえた。

「お戯れが過ぎる……!」

 何かの天意を得たのか、まるで噛みつくような調子でそう言うと、白澤は駆けて来るファンに道を開けた。

「青龍、事情が変わりました。とはいえ、それは後にしましょう。彼に何があったか聞くのが先です」

 駆けてくるなり深刻そうな顔の大人を見て、ファンは困惑したようにその顔を交互に見やった。近づいてみれば、怪我をしている。確かに、何があったか、聞かねばならないようだ。

 シンはファンに、落ち着き、とりあえず座るように言った。気付けば道は消えていたが、風のせいだろうか、湖面は波立ち、ただ黙す御柱の姿を揺らしていた。


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