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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
132/199

親愛

 俯いていた顔を上げると、闇の中に金の光が強く輝いているのに気付いた。あの金色の剣からだった。砕けた光の柱で、まばらな闇の中、導かれるようにファンはそれに歩み寄る。まるで生きて呼吸をしているかのように明滅を繰り返す剣は、近づくとさらにその光を強めた。触れよ、とばかりに輝くそれにファンは恐る恐る手を伸ばした。

 柄に指が触れると目を開けていられないほどの閃光が、部屋を包んだ。見回せば、折れた柱も傷んだ床も何もかも元通りになっている。そして――

 再び現れた幻は、母が父を害したまさにその瞬間だった。また、とファンは顔を歪めた。何度見ようと辛い光景に、今度こそ目をそむけようとしたとき、父の声が聞こえた。水の溢れるような音を喉からさせながら、だが、しっかりとした声音だった。

『捕えたぞ、化物』

『貴様……! 何を』

 自分の腹に突き刺さる腕を、さらに引き込もうとばかりに掴む父親。

『俺の子に手を出すな』

 にぃっと笑って、父は叫んだ。

『……ここです! 神官長様!』

 誰かが駆けて来る足音、先生だろう。察した魔は腕を引き抜こうと乱暴にその腕を動かしたが、苦痛に噛み殺しきれない悲鳴を上げながらも、父はその腕を離さなかった。その顔は、死に向かうものとは思えなかった。

『離せ、死に損ないが……っ!』

『ああ。俺はここで死ぬ。――わかってるよ、リリ。俺はお前を独りで死なせたりしない』

 柱の影から現れた先生は呪を呟きながら、母の体に掌を押し当てた。社に轟き渡った咆哮は、じっとりと空気に纏わりながらもやがて怨嗟の声も残らず消えた。先生の乱れた髪の、その奥の頬には既に涙が伝っていた。かみしめた唇からはうっすら血が滲む。

『よかった。後を、頼みます。……先に逝ってる、リリ』

 母の腕を引き抜き、父はその場に倒れ絶命した。満足そうな笑みを浮かべて。さっき見た悪夢だった過去を、正しく辿り直すような幻。

 小さな呻きが聞こえた。母が意識を取り戻したようだった。目の前の父を見て、その目に涙を溢れさせた。そして、その冷えゆく頬をそっと撫でて言う。

『ごめんなさい、ウェイ。ありがとう、もう大丈夫。大丈夫よ』

そして、再び苦しげに呻く。幻が霞み、瞬くとそこには真っ赤な顔で産声を上げる赤ん坊の自分と、それを慣れない手で抱く先生がいた。先生は母に自分を手渡して、泣き笑いのような顔で告げる。

『奥方、あなたの言った通りの――元気な、男の子ですよ……』

『やっぱりそう。あなたは、ファン。私の子』

 母の優しい微笑みの横で、力いっぱいに泣く自分。母は自分を先生に再び預けると、静かに頷く。

『神官長様、お願いがございます』

『何を、気を確かに持ちなさい、今人を呼びます!』

 母はもう殆ど力が入らないのか、微かに解る程度首を振ってこたえた。

『いいえ、私は助かりません。そのように命を使いましたから。でも、これでこの子は当分魔から護られます。私はもう充分に生きました。これでいいのです』

『いけません、どんな子にも親が無くては……』

 わかっています、と母は隣に横たわる父の手をとって握る。

『ふたおやを失くすこの子が不憫でなりません。ですから、神官長様。せめて護りの切れる十五の年まで、その子が、ファンが健やかであるように、どうか取り計らってくださいませ』

 何かを探すように、赤ん坊の自分は先生の腕の中で体をよじっている。母と自分とを交互に見て、先生は切なそうにその表情をゆがめる。

十月(とつき)も前から、ずっと掛けてきた母の最期の願いです。私の愛しい子。()の父のように、優しい子であるように、真に大切なものを知り、守れる子であるように。――その心に、名にし(きら)めきがあるように』

 母が不意にこちらを見た気がして、ファンははっとそれを見つめ返した。満足そうな笑み。その目が閉じられる前、微かに動いた唇に熱いものがこみ上げる。愛している、と告げたその人は、傍らの父と同じように笑み、同じところへ逝った。

 こぉん、と高い音をたて、剣は輝いた。幻は暗転し、残響は(やしろ)を通り抜けていく。それに合わせて響くのは安らかに眠る父母の言葉。生まれてきて、本当に良かった、と。ファンは膝を落とし、ただ心に任せるままに、声を上げて泣いた。

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