定めに沿わぬ者(3)
仲間が全て倒されたのを見て、獅子の男が歯噛みした。死んだ者はいないはずだが、すぐさま起き上がれる者もいないだろう。男はこちらの青い腕を、憎悪のこもった目で睨んでいる。その目は山猫のような獣のものに変わっている。
「龍、だと? ふざけるな、東都を出るはずのない幻獣付きが何故ここにいる!」
「素養の合わぬ獣を飼う者に、教えることなど無い。……その力、すぐに手放せ。大方、檮杌に与えられたのだろう。身の丈に合わぬ力は身も心も喰うぞ」
みしみしと何かが軋む音がする。目の前の男からか。
「黙れ、黙れ黙れ! お前にはわからねぇだろうよ! 素養なんつう下らんものに縛られて、身動きとれなくなった者の気持ちが!」
男は人から獣へとその身体を変貌させる。体は膨らむように大きくなり、体毛の生え揃う四肢は強く、爪はさらに鋭さを増す。牙がのぞく口からは呪詛が唸りとなって零れる。もはやどれも人のものではない。シンはそれを見つめ、静かに言う。
「解らん。己を失うほどに振り回されても、尚も力を望むのか。力は手段であって、目的ではない。いらぬ力は何もかもを傷つける」
哀れだ、とシンは目を伏せた。
「素養は、何も縛りはしない。その身に相応しく、その心を一番に生かせる獣性が素養となって身に着くものだ」
その言葉が男の怒りに油を注いだのか、男はその太い腕を振り上げる。飛びかかってくるその声は、もう言葉ではなかった。
「――放さぬなら、無理にでも剥がすぞ」
大ぶりな獅子の爪をかわし、その勢いでその巨体を地面に打ち据えた。強い力で叩きつけられた身体が地面で弾む。
「その力、天に返せ」
シンは小さく呪を呟き、獣堕の時にしたように、人に戻した掌を男の体に押し当てた。
「シンさん!」
逃げたはずの少年の声。後ろで空を切る音に、シンはとっさに龍化したままの腕で、身体をかばった。