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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
129/199

真の社、神剣、幻影

※少々、血液描写があります。

 上の階も確かに明るくはなかったが、この部屋はひどく暗い。御柱の中というには、墨色の闇が辺りを覆っている。灯りと言えば、仄明るく光る柱だけだ。ファンは周りを見渡したが、巡礼はおろか天社の人々の気配もなかった。

「誰か! 誰かいませんか? ジュジ! ……ジュジは」

 自分をここに落とした、あの少年。血の色に輝いた眼と、氷の声。魔獣にあった時のような、不可抗の恐怖をそれらから確かに感じた。でも、どこか違うと思うのはなぜだろう。自分と近い子供の姿だったからだろうか、いや、姿のせいじゃない。きっと、魔獣とは別のもの。

 とにかく、ここを出なければ。あたりを見回し、ゆっくりと足を踏み出す。光る柱沿いに、奥か手前かもわからない部屋を進む。触れた瞬間、柱はぼうっと光を強め、また静かに弱くなる。強くなった光は床を筋となって、先へと走っていく。柱は光を発しているがひやりと冷たかった。

 先へ進み、再び別の柱に触れる。柱から放たれた光は同じ方向へと走っていく。ファンの足は自然とそれを追っていた。触れては追い、十数本目の柱で、闇と柱の一様な光景は一つの変化を起こした。一定の間隔で立てられた柱の、その次の柱があるべき場所には別の物が据えられていた。柱と同じように儚げに、だが、金色の光を放つ、つき立てられた一振りの剣。よく見る直刀ではなく、両刃のゆるく弧を描くような大刀だった。手元の柱を離すと最後の光が剣へと吸い込まれて、剣の鼓動となって輝く。

 ファンはゆっくりとその剣へと近づいた。そうして、はっと気付く。ここが、御柱の心臓なのだ。ここが、この剣こそが御柱の中心。要の石のようにそこに食い込む剣は、まるで意思を持つかのように、ファンが近づくと脈打つように発光する。

 ファンは恐る恐る、だが引かれるようにその剣に手を伸ばした。柄も鍔も一様に同じ物で作られた金色(こんじき)の剣。唾を飲み込み、ファンはそれに触れ、柄を握り締めた。

《まだ、ならぬ》

 爆ぜるような痺れと瞬間的に溢れた光。剣から逃げた光は周囲の柱へと返り、辺りを照す。聞こえたのは声ではなかった。ただ、その意思だけが頭の中でこだました。剣は目の前で、ゆっくりと呼吸するように静かになる。その様は上の聖堂で見た、麒麟像のようで、生きたような気配。

「――やはり、触れさせない、か」

 少年の声。ファンは慌てて振り返る。当たり前のように柱にもたれる、白い少年。

「ジュジ! どうして、それにここは――君は、一体」

「まだ、ならぬ。か。僕もそう答えておくよ、ファン」

 ジュジは微笑する。

「ならば、やはり君は強くならないといけない。君は、選ばれたのだから」

「選ばれたって、何に――」

 駆け寄ろうとしたファンの目の前で、ジュジの姿は闇に溶け、別のところに現れる。

「それは、君を生み、生かした者が知っている」

 ジュジは上でやったように、氷の微笑を浮かべる。同じく伸べられた手は、まっすぐにこちらを指している。

「さぁ、これならどう出る?」

 射られたように、頭を貫く痛み。この痛みは、幻を呼ぶのだ――

『リリ、リリ! どこだ、どこにいる!』

 あの男の声。その姿は光る柱の中を足早に進んでいる。先生と分かれて母を捜しているようだった。

『……どうして、リリが。選ばれたって、覚悟って。わからない……俺には、何も……っ!』

 小さな呟きは困惑と、無念を含んで床へと零れた。苛立ち混じりに床を踏む音は柱の中に響き、柱を叩いた拳は震えていた。

『ウェイ! こっちよ、私はここにいるわ』

 母の声に、男ははっと顔を上げる。

『リリ! 大丈夫か、魔物は』

『大丈夫、もう大丈夫よ、手を貸して』

 ああ、と晴れた顔で男は駆けだす。柱の向こうでは母がうずくまり、それを待つようにじっと見つめていた。その顔は母のもので、その目は――

「駄目だ……」

 ファンは絞り出すように言うが、それは幻に届かない。男は柱の影の母に手を伸べて、ほっと笑みを浮かべる。

『大変だったな、リリ――』

『――ああ、大儀だった。この女が抵抗したせいでな』

『え……』

 低く恐ろしく、答えるのは蚩尤(しゆう)の声。次いで聞こえたのは肉を裂く、鈍い音だった。

「やめろおおおっ!」

 ファンは絶叫する。男の腹を貫く、母の細い腕。飛び散った血は柱に、床にかかり、ばたばたと滴った。男は何か言おうとしたが、口から溢れたのは血糊だけだった。腕が引き抜かれると、男はそのまま足元の血だまりの中に倒れ伏した。

「嫌だ、やめろ、嫌だ……」

 それを冷ややかに見下ろす魔獣の目をした母。ファンは、駄々をこねる子供のように、ただその光景を否定して首を振るしかなかった。


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