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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
127/199

天社、御柱

 聖堂を出ると、またいくつかの部屋に案内された。幻は、麒麟像(きりんぞう)の前で見た後からは殆ど現れなくなった。現れる時も、巡礼の人々の間に混じっていたかと思うと、見直すときにはもう居なくなっていることが多かった。その幻のどれもが笑顔で、初めのように痛みを伴うこともない。あの悪夢は、過去の出来事とは違うのかもしれない。何より、その光景は見ているはずがない。二人がここにきて、先生が居たその時は、自分は母の体の中にいたのだから。ならば、あの悪夢は、それこそ自分の頭にしかない幻だ。

 御柱の高層にある、中で働く仙人や獣人の宿房や、そこへ続く、せりあがる床の部屋、大きな水盆鏡(すいぼんきょう)の置かれた部屋。御柱には四方と繋がり、かつ、御柱を特別なものとするものが集まっていた。

御柱の人間は大抵にして長寿で、その長い生涯の間、あまり外には出向かない。四方の王と同じように、代わりを務める人間が稀にしかいないから、自然と長寿の、幻獣の化生や仙人が集まるのだという。もとより、強い力が無いと御柱の様々な業務や、扉を開ける、といった単純な作業も出来ないのだそうだ。

足りない物などない、きちんとした宿房の、その小さな窓から覗く空と黄の地の景色。たまに見える鳥は御柱に繋がれた報せの鳥で、その他の獣の声はない。静寂に包まれた、清浄な世界。それは降神(こうじん)の地に相応しく清く、四方に命の河を巡らす天の住まいにしては、寂しいほどに片付けられた場所だった。

 窓から外を眺める、先生の幻。女性的な顔の、優しい笑みはどこか悲しげに、眼下に広がる黄の土地と湖を見下ろしている。

『ここはずっと、美しいまま変わらない』

 先生は呟き、風に乗るようにふわりと消えた。

「――牢みたいだ」

 呟くと、ジュジが相槌をうつ。

「御柱は、空から来た剣だって聞いたけど、ボクにはどうしても、ここが(くさび)のように見えてしかたがない」

 楔、と反復すると、ジュジは幻の先生と同じように窓に乗り出して、外を眺める。

「だとしたら、この楔に繋がれているのは一体誰なんだろうね」

「ここにいる人達……とかかな」

「ボクは、きっともっと色んなものがそうなんじゃないかと思う」

 宿房のある階を見て回っている巡礼者に、金烏(きんう)玉兎(ぎょくと)が移動の意を伝えて回っていた。何もない箱のような部屋に入ると、行きでせり上がった床が、今度はゆっくりと沈み始めた。登るよりも緩やかに、井戸に掛けられた釣瓶のように下へ向かう。

 それが滑らかに止まり、下に着くと、金烏玉兎は巡礼の人々を始めの部屋へと案内して、深く頭を下げた。

「御柱の、天社はご案内いたしました部屋と宝具、そして、我々巫子(いちこ)によって機能しております。皆さまの土地から遥か離れたこの場所に、四方と、そこにすむ皆さま方とのつながりを、知っていただけたら何より。――天はすべて、見守っておられます。あなた方の帰路の安全と、これからの健やかなる命を願って」

 再度礼をして、金烏玉兎は顔を上げた。

「折よく、岸への道が現れております。良い巡り合わせも、皆さまの日ごろの善行のなせる業でしょう」

 にこやかに笑う童子たちの礼に、人々も同じように礼を持って応えて、開いた入り口にむかって、ぞろぞろと歩き始めた。入ってどれくらい時間が経ったのだろう。“師”をあまり長く待たせるのもよくない。そう言えば、ジュジはどの集団と一緒に来たのだろう。時間の猶予があるなら、せっかくの友だ、シンに紹介したい。

「みんな、すぐ帰るのかな? よかったら、外でもう少し話そうよ。師匠も紹介したいし……ジュジ?」

 振り返ると、ジュジは入り口に向かって歩く人の中で、(うつむ)きながら立ち止っていた。

「どうしたの、ジュジ? もしかして、幻を」

「――ファン。キミは本当に、大事にされているんだね。天はキミの心に平安を与えに、あの幻を見せたんだ」

 灰白の髪の奥、夜空のように黒々とした瞳が瞬間的に血色に輝く。

「ジュジ……?」

「でも、それじゃあ困るんだよ。キミにはもっと強くなってもらわないと」

 顔を上げたジュジは、凍てつくような微笑みでこちらを見つめる。

「何が、どう――」

「すべてを見るといい、ファン。偶像などない、本当の天社で」

 陶磁器のような手がこちらに伸べられる。あの手は、取ってはいけない。本能的に、ファンはじり、と後ずさる。急いで走って、外に出なければ――

「落ちろ、御柱の真の(やしろ)へ」

 氷のように冷たく、綺麗な声だった。

 足元に開いた、暗い地下への口。地を失くしたファンは、なすすべなくその闇の中へ落ちていった。

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