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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
124/199

夢と現と幻と

 次の部屋に入って早々、再び幻は頭痛を伴って姿を現した。

『しかしまぁ、ここまで来ちまったんだな。なぁ、本当に大丈夫か?』

『何よ、まだ言ってるの? もう。黄の地じゃあ生まれないんだから、大丈夫って言ってるじゃない。国境の村にはお医者様をお願いしてあるんだし、心配し過ぎよ』

 強気な女性に対して、男は心配そうに言葉を重ねる。

『でも、お前、万が一ってのが』

『天下の武人がでも、とか、だって、とか言わないの』

 幻の女性は咎めるように言って、男の手を自分の腹にあてがう。

『ほら、大人しくしてるでしょ』

『ああ。途中であれだけ蹴ってたのにな』

『お腹の子だって、ちゃんと大人しくしてるのよ。あなたがおどおどしないの。さ、神官長様に挨拶しないと』

 女性は歩き出し、見えない群衆の中に混ざる。慌ててその横について歩く男は、それでも不安げな表情を崩さなかった。この幻が幻でなければ。これから起こるであろうことを、少しでも阻止できるのなら、どんなにいいだろう。

「ファン!」

 ジュジの声にファンは(うつつ)へと引きもどされた。気付けば、ジュジに体を支えられている。ふら付いたからかもしれない。

「本当に大丈夫? その幻、普通じゃないよ。何が見えるの?」

「親、だと思う。初めて見たんだ。だから、ちょっと驚いてるだけなんだ」

 笑ってみせたが、冷や汗が首を伝ったのがわかって、笑みもそう上手く作れていないんだろう思った。

「そう言うならいいけど。もう少ししたら次の部屋に移るって。この部屋の説明は?」

「ごめん、聞いてなかった。……(しら)せの鳥がいっぱいだ」

 辺りを見回すと、天井の下には格子状の止まり木が掛けられていて、その間に(えんじゅ)色の鳥が留まっている。足首に付けられた紐は、飛んでいく先の国の色だろう。この部屋には、はじめから窓が開いていて、鳥が行き来できるようになっている。

「四方の王の崩御とか践祚(せんそ)を知らせたりするんだって。あと、化生の人が生まれてもここに知らせが来るんだそうだよ」

 そう応えて、ジュジは支えてくれていた手を離す。そのまま、次の部屋の方へと歩き出すその横について、ファンは歩き出す。

「ジュジはもう幻を見た?」

「いや、見てないよ。もともと、ボクは幻が見たかったわけじゃないしね」

「そうなんだ?」

「来てみたかっただけなんだよ、御柱の中に。会いたいとしたら幻じゃなくて――天そのものと会ってみたい」

 しっかりした声音に、天、とファンも思わず繰り返す。

「そう。この世の(ことわり)すべてを整えた存在とは、一体どんなものなんだろうって。キミやボクをこの世に生みだしたすべての理が天に通じているのなら、知りたいと思わない?」

 天そのものを見たいと(はばか)らずに言うジュジは、まるでそれも可能だというような雰囲気を持っていた。儚げに見えるのは見た目だけで、鉄の塊のように確かで均一な印象だ。ジュジが言うと、本当に天が近いように思うから不思議だ。ファンは頷く。

「おれも思う。……やっぱり天は、本当にこの世のすべてを見ているのかな」

「わからないよ。でも、だから会って聞いてみたいのさ。それで、答えてほしい。でも、こういうのって、罰当(ばちあ)たりって言われるんだっけ?」

 ジュジは、くす、と笑う。そうだよ、と応えてファンも笑い返した。確かに、ジュジと回れて良かった。笑っている間は、幻の痛苦を味わわずに済む。ぞろぞろと人が動くのを感じて奥を見やる、と次の部屋への扉が開いていた。

「でも、あれは都合の悪いことは答えない。ずっと、これからもね」

 先に見せたようなあの雪の華のような微笑で、ジュジは呟く。

「え?」

「ん? どうしたの。次の部屋も幻が出るかもしれないよ、気をつけて」

 聞き返したが、何ごともなかったような顔で、ジュジは先に歩いていく。引っかかりがあったが、ファンもそれを追い掛けて、次の部屋に入った。そこは、それまでの部屋に比べて縦に奥行きのある部屋だった。奥にあるのは、大きな机と椅子で、その回りの細々した物を除けば、殆ど何もない空間だった。質素で、殆ど装飾が無いことを抜けば、南王のところで見た謁見の間に似ている。巡礼者が全員入ったことを確認して、金烏玉兎は言う。

「この部屋は、神官長の執務室でございます、が」

「只今、長は席をはずしておりますので、ご了承くださいませ」

 御柱の神官長、その言葉と同時に、再びファンは頭痛に襲われた。引っかくような雑音とともに、幻へと視界が繋がっていく。よろめいたのを、ジュジが支えてくれたようだが、それも随分と感覚が遠い。思わず瞑った目を開き、ファンは奥の椅子に座る人物に、驚きながらも声を絞った。

「先生……!」

 衣装こそ違うが、幻の父母の前に気付いて上げた顔は、旅に出る前に送りだしてくれたあの顔と僅かにも違いが無かった。それは、大恩ある優しい仮親の、自分の知らぬ姿だった。

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