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四神獣記  作者: かふぇいん
黄の地、御柱の章
121/199

湖上の道

「ここが、御柱……国の、始まりの場所……」

真上と言っていいほどに見あげて、ファンは感嘆の声を漏らした。空は晴れているが、一番上は金の霞みがかかったように見えなくなっている。

御柱は巨大な円形の湖の中島にある。橋はなく、一日の数度だけ水が引いて御柱へと渡る道ができる。巡礼その他、島への出入りはその道を使うほかない。物理的に道が無いだけでなく、御柱の結界はその時にしか解けないからだ。

 来た道は殆ど人の姿を見なかったが、ついてみると数十人ほど、未だ現れぬ道の前に集まっていた。四方の他から来た巡礼者なのだろう。それなりの人数だということは、集団でここに訪れたのだろう。女子供を連れての旅に人は多い方がいい。

「道が出来れば巫子(いちこ)が来るはずだ。そうすれば中に入れる」

「え? 中に入れるんですか? 扉は……」

 御柱を見ていたファンは驚いて、振り返る。

「ちゃんとある。ただ、継ぎ目がないからわかりにくいけどな」

「中には何があるんですか?」

「天社があるが、それは巫子が教えてくれる。案内してくれるはずだ」

 なるほど、とファンは再び御柱に目を戻した。シンも一緒にそれを眺めた。その姿は一万年前と何ら変わりが無い。汚れ一つない御柱も、そこから溢れる天の気も。ただ違うのは、自分だけだ。天は降りてこないだろう。旅と自分の話は誰か他の者にしなければ。

「今いるのは――白澤(はくたく)か。バクだったら良かったんだが」

 そう呟くと、ファンが興味ありげにこちらを見る。シンからすれば、バクが御柱にいないこともほんの一時だが、ファンにすればバクは東の町にいるのが当たり前だ。

「先生も、ここにいたんでしたね。神官長っていうのは……」

「天社の長で、御柱のすべてをまとめる役だ。ここ数千年はバクが務めてきた」

 天意は獣人の、それも相応の力がある者にしか受けられない。中でもバクは「夢食い」と呼ばれたように、意思や記憶、気を読むのに長けていたから、神官長となってからはその座を動くことがなかった。ファンを連れて、御柱を出るまでは。

「偉い人だったんですよね、先生は。おれ、何も知りませんでした」

「バクは元々偉ぶるのが好きじゃない、気を使われるのもな」

 それに他人に負荷を与えるのも好きでなかった。そのくせ、人の重荷は取ってやろうとする。確かに天意は只人(ただびと)には重すぎるが、それを自分の身の内ひとつに留めようとするから、昔も四方の王に諌められていたのだったか。優しすぎた、とシンは思う。だから、太極を――ファンを預かった時も、黙って御柱を出たのだろう。

「先生は、元気にしているでしょうか」

 心配そうな呟きに、シンは大丈夫だ、と返す。

「バクは人の心配をしている時が一番元気だ。あれこれと考えて、人の倍は動く。だから、お前がこうして旅をしている間は何の心配もいらん」

 そう笑ってやると、ようやくファンの表情も解けて笑みが浮かんだ。


 近場の草地に腰かけて待つこと、しばらく。湖の水が風もなしに小さく波立ち始めた。波はさざめき、それに合わせて湖に一筋の道が現れ始めた。黄砂で出来た道は次第に広くなり、水が抜けるに従ってしっかりとした土台となった。続いて、こおん、と高い鐘のような音が響き、御柱の根元が滑るように開いた。開いた扉は壁の中に吸い込まれるようにしまわれ、入口はまるで最初から開いていたかのように口を開けている。遠いその入り口に、二つの人影が現れると、湖の前で待っていた人々は一斉に歩きだした。天社の巫子だろう。

「俺達も行こう、ファン」

 立ち上がって、道の方へ歩き出す。初めこそ後ろについていたファンも、楽しみなのか、シンに先んじて黄砂の道を踏み出す。その様子にシンも相好を崩し、同じように道の上に足を踏み出した。

その時。

 道の上に入った体を弾き出さんばかりに、強い力がシンを押し返した。雷にも似た衝撃を伴って、差し出した手足には退いた今も痺れが残る。結界、というよりは、拒絶、という風に思えた。

――進めない。少なくとも自分は。

「どうしたんですか? 師匠」

 振り返り、足を止めたファンが不思議そうに問う。

拒絶が天のものであるなら、話を受け付ける気が無いのか、あるいは話を聞く気はあっても中に入れる気がないのか。それとも……ファンを一人で寄こせ、というのか。その意は図れないが、入れないのは事実。シンは腹を決めた。

「――行って来い、ファン。俺は外で待つ」

 心配もあるが、仕方が無い。シンは何も応えぬ御柱の方を見やって、そう言った。


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