明け鳥を追う
鳥の鳴く声に目が覚めたファンは、ゆっくりと体を起こした。今回ばかりは疲れていてよかったと思う。酒酔いには多いと聞いたが、イェンジーがひっきりなしにいびきをかいていたせいで、寝付けないかと思ったのだ。それでも、荷物と腕で頭を覆ったおかげで、窓の月を見ているうちに、いつの間にか眠れたようだった。当のイェンジーは深い眠りに入ったのか、今は静かに呼吸していた。だらしなく開いた口からは、涎が垂れそうになっていた。そっと外に出て、体を伸ばす。深呼吸すると、朝の匂いに花の香が舞っているのがわかった。近くの小川で顔を洗い、手ぬぐいで開けた襟元をぐいと拭った。今は涼しいが、きっと今日も暑くなるだろう。
獣化の練習は、朝の日課だ。まだこうやって落ち着いた時にしか上手くいかないが、いつか意のままに使える日がくるように、今日も体中の気から、明けていく世界に意識を巡らせる。
しばらくして、シンが眠たそうに目を擦りながら起きてきた。
「早いな、ファン。よく眠れたか」
「はい、なんとか。師匠は?」
「少しだけな。あれのおかげで、寝付くのに時間がかかった」
シンは背にした庵を指して、ほんの少し口をとがらせた。その後、同じように小川に向かったシンを見送り、ファンは修練を続ける。しばらくして帰ってきたシンに組手の相手を頼んで、眠気飛ばしに体を動かした後、二人は再び庵に戻った。庵の中ではまだイェンジーが高いびきをかいている。起こさないよう静かに、卓子の上にまとめておいた食べ物から必要な分だけとる。食料の大半は、果物や菓子、市で売っているような小腹ふさぎの蒸し物で、持ち出すのはたやすかった。家主を起こさぬよう、外で手早く朝食を済ませて、ファンは服の上の食べくずを払った。絵に描いたものがこうして現実に腹を膨らませているのだから、驚くほかない。
「こんな力があったら、お金をどんどん描き続けたりしそうなものですけど」
そう呟くと、シンがそれに応えて笑う。
「それもそうだが、そういう人間が仙になったのをあまり見たことがないな。どこか人より鋭くて、どこか抜けているような、そういう人間が仙になる」
「なるってことは、仙も獣人みたいなものなんですか」
「近いものではあるんだろう、あまり詳しくはないが」
食事を終えて、先にシンが立ち上がる。
「よし。彼女はあまり動いていないようだ。探そう。荷物はここに置いていていい。どうあれどの道ここに戻る」
「まだ、この辺りにいらっしゃるんですか」
追って立ち上がりながら問うと、シンは頷きながらも、難しそうな顔をした。
「人と交わりを断った聖獣は難しいな。なまじ力があるから、下手にでると恐ろしい。……まだ、鸞殿は温厚な方だがな」
シンは何かを探るように辺りを見回し、その後、今度は山道を下るほうへと歩き出した。翼がある者を追うのだから、こちらにも翼があればいいと思う。先んじたシンに駆け寄って、ファンは問う。
「怒らないで聞いてくれるでしょうか」
「言ったろう。彼女は優しい。だから、人の言葉を無視できずに傷つきやすい。その点で言えば、朱明のほうが怒らせると怖いんだ」
異界を出ると、微かに大鳥の羽音が聞こえてきた。それについて、他の鳥の声が移動する。
「移動したみたいです、ええと」
空を見あげて、方向を確かめる。それはこちらを避けるように別の方へと移動していく。
「西に、少し登った方に」
「こちらに気付いておられるようだ。仕方ない。追うぞ、ファン!」
駆けだしたシンを追いかけ、ファンも走り出す。が、それは少しずつ遠ざかり、微かに聞こえていた羽音も心もとなくなってくる。やはり、飛んでいるものを人の足で捉えるには限界がある。ファンはだんだんと遠のく音を聴いて、シンに向かって声を張った。
「師匠、このままじゃ追いつきません。おれも必ず後から追い付きますから、先に行ってください!」
暫時間があって、シンの声が帰ってきた。
「……わかった。済まないな、先で待つ!」
その両脚に青の気を纏い、滾らせて、シンが龍の足で地面を蹴る。あっと言う間に木立に消えたシンを追って、ファンも足を急がせた。