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四神獣記  作者: かふぇいん
赤の国の章2
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噴煙の色

 シンについて、再び山を登る。旅を始めてしばらく経つから、歩くのは得意になったし、元から動くのが好きだけれど、山登りはやはりそれらとは少し勝手が違うようだ。じわじわ汗が滲むから、ファンは途中で何度も水を飲んだ。

「大丈夫か?」

 シンがこちらに振り返って尋ねて来る。

「大丈夫です! 町の周りってあんまり高い山ってなかったんで、まだちょっと慣れないですけど」

「歩くのが辛いと思ったら、龍化する時の、気を巡らせている状態を思い描くといい。少しは楽になるはずだ」

 言われた通り少し足を止め、息を整える。朱雀の力を得て、それが対比するからか龍化は確実にできるようになった。朱雀化はやっぱり慣れなくて、まだ上手くできない。青龍の気を少し巡らせると、少し体が軽くなったような気がした。

「気の巡りと体の調子は繋がっているからな。あとは歩きながらできればいい」

 そう言って、シンは笑う。楽になった足を踏み出し、切り割りの前で、シンが林の中へと入っていった。ファンもそれについて入る。林の中は多少日陰になっているからか、ぐっと涼しく感じられる。入りこんでしばらく、微かに沢の音が聞こえるから、さっき水を汲んだ場所が近いのかもしれない

「さてな、近くにいるはずなんだがな」

 シンが足を止めて、辺りを見回す。

 足が止まったついでに、ファンは水筒を取りだした。が、逆さにしても、水は一滴(したた)っただけで、それっきり落ちてこなかった。さっき汲んだばかりだが、道中で飲み過ぎたのか。もしまだ歩くなら、また汲んでおいたほうがいいかもしれない。

「師匠、ちょっと沢に行ってきます。水筒、もう空になってしまって」

「わかった。気をつけて行って来い。……少し降りたところに水場があるようだな、水の匂いがする。汲むのはそちらの方が楽なんじゃないか」

「そうします! すぐ戻りますね」

 シンが示した方向に向けて、林の中を駆け下る。水の音はだんだんと大きくなり、ちかちかと光が照るのが見えた。水場は近く、それなりに広いのかもしれない。水があると思うと喉が渇いてきて、ファンは駆けこむように林から沢へと飛びだした。

「誰!」

 誰何(すいか)の声がして、ファンは目線を落としていた水場から顔を上げた。そして、ぎょっとして体を硬直させる。小さな滝の手前、水の深くたまった場所に、慌てた様子で沈む込む肢体(したい)。水面を通して見える肌は白いが、所々(すす)けたように黒く見えた。長く、水に浸された髪は煙色で――歳の頃十六、七の少女。

「うわあぁ! ごめんなさい!」

 元の(やぶ)に駆け戻って、水場を背に再び謝る。

「ごめんなさい、見るつもりはなくて! というか、人がいると思わなくて!」

「どっか行ってよ! 早く!」

 すぐに、と戻ろうとして、水筒を水場に置いてきてしまったことに気がついた。立ち去るのがすじだろうと思うが、あれを置いていくわけにはいかない。

「どうした、ファン!」

 そうこうしているうちに、シンの声がこちらに近づいてくる。大声を上げたのがまずかったか、ここにさらに人を呼んでは――

「師匠、おれは大丈夫です、来ないでください!」

「そうは言っても、お前、何があったのか……」

 藪を分け入る音が近くなり、ファンがシンのほうへ駆け寄ろうとすると、水場から声が返ってきた。

「龍! それ以上近寄ったらただじゃおかない。あと、小さい人間、あんたも振り返ったら殺すから」

 ファンは頭を抱えていたのを解いて、声に驚く。あの切り割りの傍で聞いた、少女の声だった。では、あの少女が(らん)だというのか。ファンから辛うじて見える場所で、足を止めたシンも、成程(なるほど)、と渋い顔で頷いた。

「あたし、姿を見られるのは嫌だって、そう言ったわよね、龍。この姿。ばさばさの髪も、(すす)けた手足も、醜いこの姿は何もかも」

 水場の少女――鸞が叫ぶように言う。それに応えて、シンが声を張る。

「何か失礼があったなら、謝ろう。鸞殿。ただ、我々は山を越える方法を探していて」

「そんなに山を越えたいなら、龍になればいいでしょ! 巻き込まないでって言ってるのに!」

 背後の水場から、大きな羽音と水の音がする。上空に影が差したのが見えて、ファンはふと上を見あげる。通り過ぎる巨大な鳥。砂と煙と、炭の色の翼は羽音をと立てながら遠ざかっていった。シンが駆け寄ってきて、ファンはうなだれる。

「すいません、師匠。おれのせいで……」

「いや、仕方がないだろう。俺も考えが足りなかった。まさかあの場所にいらっしゃったとはな。それにしても……まだ気にしてらっしゃったのか」

 シンは鸞の飛んで行った方を見て、残念そうに呟いた。

「鸞殿の姿をどう見た」

「えっ、いや、あのまじまじと見るわけにはいかなくて……」

「国を護する朱雀の、姉として見てどう思った」

 シンが再び尋ねて、ファンは改めて考えた。鳥の、朱雀と鸞の姿は。

「朱雀の姉だってきいて、おれもっと派手な感じだと思ってました」

「それを、彼女は気にしている。神鳥朱雀の姉であり、時を同じくして生まれた自分が、朱雀に対してあまりにも醜いと嘆き、ずっと人目を断ってこられたのだ」

 シンの言葉に、ファンは俯く。陽山の(ほむら)のような弟と、陽山の荒々しい岩や吹きあがる煙のような姉。たしかに、そう言われれば、そう思うこともあるのかもしれない。

「でも、師匠」

 そう口を開くと、シンはこちらを見る。

「遠目だったし、一瞬だけでしたけど、綺麗だって思ったんです」

「……そうだろう。俺もかつて会ったときもそう思ったが、彼女自身がそれを聞こうとしないのだ」

 シンはため息をつき、道の方へと歩き出す。

「しかし、仙の術のことを聞きそびれた。やはり、あの御仁に絵を描くのを待つしかないか。戻ろう、ファン」

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