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四神獣記  作者: かふぇいん
赤の国の章2
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陽山の主

 ファンはシンの見た方を、同じようにじっと見つめた。とりあえず、シンが身構えないから、襲われる心配はないのだろう。

「懐かしい顔。しかも、子供連れ」

 聞こえてきたのは、女の子の声だった。子供、と言われてちょっとむっとしたが、シンを懐かしいというのなら、当然自分は子供に見えるとは思う。確かに、大人ではない。やはり、とシンが呟くのが聞こえた。

(らん)殿か。陽山を離れたと聞いていたが、こちらにいらっしゃったとは」

 シンが声のした方に話しかける。

「別にあそこにいなきゃいけない理由もないし。あんたや弟と違ってね。ま、龍がここにいるってことは、とうとう龍も気が変わって、自分の国をほっぽり出したってわけ?」

 まだ姿を見せない声の主は、木立の向こうから素っ気なく言う。

「いえ、国を離れてはいますが、少し空けただけでいずれ戻ります。今は用があって、御柱に」

「あー、理由までは別に言わなくていいわ、興味ないから。で、その子何?」

 こっちからは見えないが、視線を向けられているのに気付いて、ファンはそちらに向かって答える。

「ファンといいます! 師匠の弟子です」

「ふーん、弟子、ねぇ。相変わらず、人間ごっこが好きなんだ」

 こちらへの返事、というよりは、シンに対しての会話の続きといった感じで、声が返る。それにしても突き放したような言い方で、なんだかもやもやした。嫌な感じだ。神獣、聖獣の間の話に自分が割って入ったのが悪いのかもしれないが、それ以上に、シンに対する答えにしても、嫌な言い方じゃないのか。

「相変わらずの御様子。姿も見せずに会話をなさるのは構わないが、いささか礼儀に欠くようだ。それしきのこと、人里離れて忘れられたか」

 微かに、シンの声から自分と同じような感情を感じて、ファンはシンの方を見る。怒っているのかもしれない。そう思っていると、向こうからもわずかに身じろぐ音が聞こえた。

「……悪かったわ。でも、このままでいさせて。理由はわかるでしょ」

 返ってきたばつの悪そうな声音に、シンが語調を戻し、応える。

「ええ、そのままで結構。多少急ぎの道で、こちらも気を立てていて申し訳ない。ただ、鸞殿、ここにあった道が消えた原因を知りたいのだが、貴女(あなた)は何か知らないか。陽山が通れぬ今、ここを通れねば困るのだ」

 間があって、林の中から声が返る。

「異界を見たでしょ。あそこの人間に聞けばわかるんじゃないの。一日中、お酒飲んで寝てるばっかりで、起きたといえば――」

「鸞殿?」

 シンが意外そうな声で呼びかけると、鸞は慌てて口をつぐんだ。そして、まごついた声が返ってくる。いかにも、女の子、といった感じの声だった。つっけんどんな言い方でなく、照れたような、少女の声にあった言い方で。

「とにかく! それはあたしがやったんじゃないの! さっさと行って! 醜い奴!」

 喚くような返事だ。見ると、シンは意味ありげに笑っていた。

「ありがとう、そうします。さて、行くぞ、ファン」

 下の方へと歩き出したシンについていくが、ファンはやはり気になって鸞がいるであろう木立を見やる。まだ木立の奥にいるようだった。じっと見ていたら気付いたのか、少女の声に早く! と急かされた。なんだか最初と随分雰囲気が違うように思う。

 二人は急ぎ足で山道を下りたが、シンは始終笑みを浮かべていた。

「何か面白いことがあったんですか」

「いや、ずっと見ていたらしいからな。珍しいこともある、と思ったんだ」

「あのひとは、人間が嫌いなんですか?」

 シンはいいや、と首を振る。

「興味がない、としていたいだけなんだろう。それに、彼女にも色々思う所はある。途中の言動もあまり気にするなよ、ファン。ああいう人だ」

 それでも、変な人だ、と思う。早足で道を下ると、すぐにあの異界に辿りついた。ファンには花の匂いしかしなかったが、横でシンが、間違いないな、と呟く。

「ここを作り出した大元(おおもと)がいるはずだ。道を戻してもらわなければ」

 再度花畑の上へ踏み出して、ファンはせせらぎと鳥の声以外の音に気がついた。小さな地鳴りのような、繰り返される低い音。

「師匠、なんか……いびきが聞こえるんですが、主でしょうか」

「さっきは聞こえかったな。庵か」

 無為の風景の中に、人為のものであるのに滑らかに溶け込み、馴染み、その庵は建っている。そして、ここの主のものであろう高いびきは、開け放たれた窓や()の上げられた入り口から、遠慮なしに響いていた。

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