至黄の道
赤の国の章の続きです
四方の国から御柱へ向かう道は、すべてが山を越える険しい道である。それは中央の黄の地が、御柱を中心に円を描く山脈、金環山に囲まれているからだ。金環山は御柱が天より降りたる時に衝撃で生まれた山で、黄の地を守る自然の塁壁となっている。
四方を巡る環状の大街道に比べ、四方から御柱へ向かう道はそれほど整備されていない。それは他でもなく、黄の地が降神の地であり、天の在す地であるからだ。人の出入りは周囲の国に比べれば無いに等しい。
しかし、少ないといえども、人々は御柱に憧れ、悩み行き詰る時そこへ向かう。そのために、先人たちは四方からそれぞれ天嶮を切り崩し、現在、至黄の道と呼ばれる細い街道を得た。
赤の国の首都南都を出て、シンとファンは南からの至黄の道を北上していた。人通りは少なく、見える人も旅人ではなく、野良へ仕事にでる里村の人々のようだ。街道と違い、過客を寄せる宿はないが、それでもここまでは野宿の憂き目には遭っていない。幸いにして、立ち寄る村々で宿を得ることができたからだ。
いよいよ金環山に入ろうかとする、山裾から数里離れた村で二人は身支度を整えた。山の向こうに町は無いため、ここからは一気に峠を越えなければならない。
「支度は済んだか、ファン」
まだ少し眠そうだが、はっきりした声でファンが返事をする。シンは空の様子を確かめる。西の空はまだ薄暗いが、雲の影は無い。その内にファンが隣にきて、大丈夫だと頷いて見せた。
「旅人さん達や、朝だ……あれ、もう起きていたのかい」
二人が納屋を貸してくれた農家の主人が、納屋の戸を開け放ちながらやってきた。
「今日中に峠を越えようと思いますので。お世話になりました」
路銀から寄っておいた銀を数枚、懐から取り出し、シンは主人に礼を言う。農家の主人は握らされた銀をまじまじ見ながら、はぁ、と驚きの息をついた。
「こっちは何にも構いやしないのに。屋根を載せておくのにこんなにかかるもんかね」
「いいえ、どこの宿にも劣りません。突然の申し出にも関わらず、こうして体を休めることができました。気持ちだと思っていただきたい」
「そうかね。なんだか、悪いね」
懐に銀をしまった主人はふと視線をファンにうつし、心配そうに問う。
「坊っちゃんも山へ入るのかい?」
「はい、師匠と一緒に。御柱が見られると思えば、山道もきっと頑張れます!」
そうかそうか、と主人は笑ったが、心配そうな表情は消えなかった。ファンもそれが気になったらしく、さっと不安げな顔になりながら、尋ね返す。
「あの、何かあるんですか?」
主人は、なんともないと思うがねぇ、と前置きしながら、山への道を見ながら言う。
「最近、山に見たこともないような大きな鳥が出たって話でね、それこそ子供くらいなら呑んじまうような大きさだってきいたもんでさ。いや、坊ちゃんはもう子供って歳じゃないだろうけど、近頃獣も騒いでいるようだからね」
ファンの不安がはっきりしたのに対して、シンは把握した、といった顔で、笑みを浮かべた。
「心配いりません、ある程度の心得はあります」
主人もシンがそういうなら、とその顔を明るくして、気をつけてな、と二人に声をかけた。外では鶏が放されていて、一生懸命に餌をついばんでいるところだった。厩舎の方からは微かに、馬が餌をねだる蹄の音がする。前にそびえる金環山にはうっすらと霧がかかり、朝日に照らされて金に輝いている。ファンは本当に大丈夫だろうか、と何やら考えている様子だったが、数歩歩き出して振り返り、主人に深く礼をした。
二人がさて、歩き出そうか、と農家に背を向けたところで、再びそこの主人に呼び止められた。主人は歩いてくると、そういえば、と話し始める。
「峠の入り口に、イェンジーっつう変な男がいるんだが、まぁ、危ないわけじゃないんだけど、本当に変わりもんだからね。念のために教えておくよ」
「男……? わかりました、御忠告感謝します」
シンは改めて、主人に礼を述べて、踵を返す。更に心配ごとが増えて浮かない顔のファンを促し、御柱へ向かい、そびえる天嶮へと踏み出した。