火の守り
次の日、しっかりと準備をして、翌朝南都を出発することになった。ファンは自分の分の準備を終えて、あとは集落の人達の手伝いに行った。家が燃えた人達もいたが、心配には及ばないよ、と彼らは笑う。シャオに次の日の朝には旅立つことを告げると、必ず見送りに行くから待ってて、と言われた。翌日こうして出て見ると、待つどころか日の出前から待っていたのか、ダーシュやシャオ、集落の人達が何人か待っていた。
そこで、同じく見送りに出ていた近衛連れの南王と、侍従の少年に扮した朱明とはち合わせた集落の人達が一斉に叩頭してしまう騒ぎになってしまったが、南王が止めなければ罰する、と言うと皆が頭を上げた。
「これじゃあ見送りにならないじゃないの」
と小さな声で言うのが案外に響いてしまって、みんなは笑いながら服の砂を払ったのだった。
師匠は王宮に預けていた剣を帯び直していて、朱明さん間、集落の人達と話した。シャオは見送りが終わったら、また花飾りを売りに行くと籠を持っていた。シャオの近くに行くと、シャオはその籠の中から玉の首飾りをひとつ出して言う。
「これ、お守りにして。細工はあんまり上手じゃないけど、頑張って探したの」
「すごい! これ、シャオが作ったの?」
首にかけて貰って、ファンはその石をじっと眺める。小刀の形に削られた玉は、火を固めたような朱色で、朝日に照らされて今にも燃え上がりそうに見えた。
「南を出る旅人がお守りにする石だが、最近はあまり大きいものがなくてね」
ダーシュさんが満足気に微笑み、シャオの肩に手をやる。
「集落の皆で祈らせてもらった。我々の恩人である、君とお師匠さんの旅の無事を願って」
「ありがとうございます!」
微かに熱を持ったようなその石を胸に、ファンは頭を下げた。そこで、ふとシャオとあった時のことを思い出す。落としてしまわぬようにしっかりとしまわれた花飾り。
「そうだ、シャオ、一つ花飾り貸して」
不思議そうなシャオから花飾りをひとつ借りると、飾りを二つに結ってあるシャオの髪の、片方に差してみる。
「せっかく髪飾り売るなら見本がないと! ね、シャオ」
シャオは、でも、と少し照れた様子で辺りを見回したが、父親が頷くのを見て、にこりと笑む。
「そっか。うん、そうする! 良い見本になれてる?」
何度も頷くと、シャオは飾りの花に負けない明るさで笑った。
師に呼ばれているのに気付いて、ファンはそちらへ向かう。揃って都の北にある門を出ると、朱明がこちらに駆け寄ってきて、辺りに気取られぬように、二人の胸に小さな火をともした。火はすっと体の中に吸い込まれていき、朱明は言う。
「火の護りを貴公らに。息災であれ、句芒、ファン少年」
シンが礼を言うと、朱明は南王の横にさっと下がる。別れを告げて、後ろに向かってファンは大きく手を振りながら、進む。
「ファン!」
シャオの声に、前を向きかけていたファンは足を止め、振り返る。
「また……またきっと会えるよね?」
届いた涙交じりの声に、ファンは息をいっぱい吸って、声を張る。
「きっと! また会いに来る!」
返事は無くても約束を交わしたのは確か。素養が定まった時でも、そうで無くても、きっとまた会えるだろう。ファンはシンに促されながら、陽に照らされ金色に輝く遠くの山を目指し、力強く歩き出した。
町と王府、集落三方を交えた話し合いの後、その報告と民に対する自分の意志を表明するため、南王は都の人々の前に現れた。国の象徴たる美しき王の、その身を飾っていた花飾りが噂になるのはそのもう少し後の話だが、その場における南王の朗らかな声とその言葉は、都だけでなく、広く赤の国の民を鼓舞した。
国主たる朱の衣は南の人の心を示す温かな火を表す。それはまた、旅立った二人を見送った朝日の、道を明るく照らす色だった。
赤の国の章、了。