表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神獣記  作者: かふぇいん
赤の国の章
100/199

微毒

 都から離れゆく二つの影は、飛びだしたほどの勢いもなく、陽山のふもとの方へと向かっていた。ひとつは女の姿、もうひとつは翼ある獣の姿だ。

窮奇(きゅうき)様、傷にさわります。一度降りて手当てを!」

 ジェンは悲鳴にも似た声で、なおも飛び続ける窮奇を引きとめるようにすがりついた。窮奇の脇腹の血は止まっていない。ゆるゆると下の草地に降り、窮奇は静かに着地した。

「窮奇様!」

「静かになさい、ジェン。大した傷じゃありません。私とて四凶の一人、他の者より多少、(やわ)いとて人間などに殺されはしない」

 窮奇は息をつき、少し目を閉じると人型に姿を戻した。そして、掌で矢傷を撫でると、そこに黒い澱みが張り付いて血を止める。

「それよりも、随分しおらしいではありませんか、ジェン。王に向けていたあの刺々(とげとげ)しさはどこです」

 ジェンは俯き、静かに尋ねた。

「窮奇様」

「何でしょう」

「何故、私なんかを連れて……庇ったりなんか。こんな単なる逆恨みでに夢中になっているような人間なんか、用が済めば囮にもできたのに」

「そうですね、それも手のひとつでした」

 窮奇は静かに、微かに笑みを湛えて答える。

「けれど、王ごときを討つためだけに、気に入った駒を手放すのは面白くない。それに、私は悪事と知りながら悪事を働く人間が特に好きなのです。逆恨みと知りながら、無関係の者を巻き込み、身内を害そうする。そして、それを悪びれもせず、ただひた向きに行う。美しいじゃありませんか」

 顔を赤らめるジェンを横目に、窮奇は立ち上がり、血を流すように頂から赤く火を吹く陽山を見やる。

「ついでの用事はともかくとして、今回の目的は果たしましたから問題はありませんよ。“毒”は効いています、この私が予想した以上に」

「毒が?」

「力を持つ獣に、力への疑心が生まれた。天を信ずる王に、天への疑心が生まれた。これ以上の毒がありますか」

 窮奇はその端整な顔に深い笑みを浮かべ、続ける。

「あとは機を待つだけでいい。毒は勝手に回ります」

 さて、と窮奇はジェンに振り返る。

「あの沼から私は獄に戻ります。――さらに堕ちる覚悟があるのなら」

 ジェンは真摯(しんし)な目で窮奇を見つめ返し、答える。

「お供します。あなたとならどこへでも」

 窮奇は再びその背に翼を現す。

「そろそろ行きましょうか。日が昇っては、影が消えてしまいますから」

 草原をなびかせて、微かに紫がかる空から逃げるように、二人の姿は陽山の裾野へと消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ