第肆章
彼、原田左之助に神金橋で抱き締められてからというもの、私は何だか落ち着かない気持ちでいた。
彼が、私が寒そうだと思い、羽織物を持っていなかったが為に、あの様な結果に至ったのは、私自身よく解っている。
そして、あの様な状態で約拾分程過ごしていたという事も後で、宿の時計と、己の感覚で知った。けれど、其れは、私が彼を忘れられない理由として、成立等しない。何故気になる?…何故だ。
俺は、槍を研ぎながら、お紫癒の事を考えていた。
何故、女のくせに武士として生きているのか。壱族とは何の壱族なのか。……考えても、勿論、答えは出ない。
そんな時、新八が俺の部屋へとやって来た。
「よっ!今日も又、寒ぃな。」と、言いながら、畳で壱人槍を研ぐ、俺の隣に座した。
「嗚呼。」
「なんだか最近、元気がねぇんじゃねぇのか。左之。」と、右手で頭を掻きながら新八は言った。
「そんな事はねぇが…。」と、言いながらも、俺は内心、新八には言うべきかと悩んだ。
「他の奴等に聞いたらよぉ。総司が恋煩いじゃねぇか、なんて言うもんだからよ。」そう言った新八に、俺は返す言葉がなかった。
そんな俺を見かねてか新八は、「もし、…言いたくねぇってんなら、…俺も無理にとは、言わねぇけどよ。」と、苦しそうに言った。
「否、いいんだ。」
そう言ってから、新八にお紫癒との事を話した。
すると新八は、
「…なあ、左之。……お前、其のお紫癒って女に惚れてんだよな?其の、最初に会った時の、泣き顔とか、笑った顔とかによ。」と、俺に確認する様に聞いてきた。
「…嗚呼、多分…。」
俺は、此の日、自分で口にして、初めて、俺がお紫癒に惚れている事を完全に自覚した。
と言っても、初めて会った時から、薄々気付いてはいたのだが。
新八が、部屋を出て行った直後、「やっぱり新八さんには、素直なんですね。」と、言いながら、総司が俺の部屋へと入って来た。
「残念な結果ではありましたけど、僕も負けないんで、じゃ。」と壱言、言って、右手を顔の横に上げて、部屋を出るかと思いきや、後ろを向いた瞬間、「彼女の壱族は月の壱族だよ。」と、言われ俺は、総司の腕を掴んだ。「何だって、そんな事、お前が知ってんだ。」そう言う俺を見て、「彼女の事が好きだから。自分で調べたんだよ。僕が調べたところ、彼女の年齢は約捌百歳。今迄、付き合った男は略零に等しい。其れと、弐人の仲間がいて、此の弐人は、弐人とも男。」そう、笑顔で言い切った総司を見て、「……捌百歳だと。…そんな事……。」
「残念だけど、彼女とお仲間の弐人が約捌百年前に、かぐや姫を月に返す為に地上に残ったっていう、伝説の月華闘士だって事は、間違いないよ。其れに、月の人は、直接的な衝撃が身体に及ばない限り、永遠に生き続けるって言うじゃないですか。何より、彼女の強さからいって、考えられるのは此の位だよ。」総司は、呆然とする俺を見たまま、続けた。
「此の事を知っても、まだ、彼女の事好きでいられる?あんなに可愛く笑うのに、付き合った男が零なのはさ。多分、此のせいだよ。……もう放してくれてもいいんじゃない?」そう言う総司に俺は、「あいつの今いる場所は何処だ。」と、聞いた。「ふっ、神金橋を越えた所にある朱色の屋根の『光和堂』って宿屋だよ。」と、総司は笑いながら言った。
俺は其の後、光和堂に向かって走った。