ゆめに向けて
来る!
あいつだ。
私は、あいつと戦って勝たないといけない。
あいつの正体が何なのかは分からない。
何故、私があいつと戦わないといけないのかも分からない。
でも、戦うんだ。そして、頑張って勝つんだ。
籠ったような重低音のうめき声。
靄の様な姿。
正体不明の大きな何か。
それがあいつだ。
通学のためにアパートの敷地を出て直ぐ。
住宅街のど真ん中の道路。
普通なら、通勤、通学の人達が足早に歩いている。
自転車だって、原付だって走ってる。
通勤の車だって走ってる。
なのに、辺りを見回しても、誰もいない。何も走ってない。不自然だ。
だから分かった。今日はあいつが来るって。
戦闘準備と言っても、武器なんか無い。
現代日本に住む普通のJDが持ってる物なんか、大き目のナイロン地の黒トートくらいだ。中身は、テキストとノート、ペンケース、PC、スマホ用の充電セット、コスメ、お気に入りのプラダの財布、ヘアスプレー、日焼け止め、鏡、ハンカチ、ウェットティッシュ、マスクくらいだ。刀は愚か、カッターナイフすらない。
着ている服だって、白いシャツにデニムのパンツ。足元はスニーカー。頭には何も被ってない。
格闘技を習った経験なんか無い私は、戦い方すら分からない。
兎も角も、トートバックであいつの攻撃を防いで、思い切りグーパンチを叩き込んでやるくらいしか浮かばない。
でも、絶対に勝たないといけないんだ。
いつの間にか、あいつが目の前にいる!
いつもそうだ。気が付いたら、あいつがすぐそこにいるんだ。
輪郭がはっきりしない靄のような体、私の身長の二倍はあるだろう遥か上で赤く光る二つの目。
えーい! 喧嘩は先手必勝!
食らえーい!
右腕を大きく振りかぶってグーパンチを叩き込んでやった! はずなのに、私の方が吹っ飛ばされた。
左の頬を張り倒されたみたいだ。
右に吹っ飛んだ私は、電信柱に激しく頭をぶつけて……あっさりと死んでしまった……。
だが、まだ負けてない。
アパートを出て直ぐのとこに戻った。
仕切り直しだ。
目の前にあいつがいる。
私は左肩に掛けたトートバックを顔の位置まで持ち上げた。
当たりだ。相手の攻撃をトートバッグで防いだ。
そのまま、右腕を振り被り、多分お腹だろうと思う所に思い切りのグーパンチを叩き込んでやった。
当たった!
あいつは、くぐもったうめき声を上げて、半歩下がった!
効いてる!
次は、右足で思い切り蹴り上げてやった。
これも当たった。
更に半歩後退させてやった。
後は勢いだ。
トートバッグを振り回して追撃だ。中のPCは壊れない。根拠は無いけど確信がある。
お腹を蹴り上げられた。
後ろに吹っ飛ばされた私は、頭からアスファルトに叩きつけられて死んでしまった。
だが、まだ負けてない。
アパートを出たところから三度目の仕切り直しだ。
左を一発躱して、二発入れたら正面からの蹴りを受けるんだ。覚えたぞ。次こそは……。
スマホのアラームが鳴った。
あいつと戦っていた私は、目を開けてベッドの脇に手を伸ばすと、スマホのアラームを切った。
時刻は七時。いつも通りだ。
今日もまた、あいつと戦う夢を見た。何度目かの死に戻りの末にアラーム音に救われた。
なんだろう、あの戦いは。良く分かんないな。
まあいいや、何度も死んだけど負けたわけじゃないし。早く大学行く支度しようっと。
「ふーん、戦う夢ねえ」
学食でのお昼ごはんの時間に、同じ文芸サークルの志保と美里に最近よく見る夢の話をした。
三人共一年生だ。
志保は黒髪を肩まで伸ばしたおしとやかさん。シェークスピアやアーサー王の物語が好きな英文学部。ふーん、とばかりに小首を傾げる。
「戦うなんて、ゆめらしくていいじゃん」
明るく笑っているのが、ショートカットに赤のメッシュを入れた美里。明るいラノベ好きの歴女で教育学部。なにがどう私らしいのか教えて欲しい。
「ゆめって、ほら。自分の人生を切り開いて行くタイプじゃん?」
切り開くも何も、今までの経歴は二人とほぼ変わんないよ。一般的な家庭で育って、小・中・高って平均的な学校だったし。大学だって普通っちゃ普通、特に有名なとこじゃないし。
三人の中では私だけ地方から出て来て独り暮らししてるけどさ、そんな子一杯いるし。普通よ、普通。
「確かに、そうかもね」
「えー、志保まで、そんな風に思ってるの?」
「あら、悪いことじゃないわよ」
「そうだけどさ」
なんか。やたらに気が強い女扱いされてるみたいで、良い気分ではないかな。
「夢占いってあるでしょ?」
「夢占い?」
志保は占い好きだ。シェークスピアの影響かどうかは知らないが。
志保が言うには、戦う相手は私の敵らしい。それは例えば、苦手な教授とか、果ては苦手な科目の成績とかで、ストレスの対象を表しているのだそうだ。
バイトで接客やってる私には、ストレスの対象なんて一杯ある。いやらしい目つきで胸ばっか見てる客とか、居丈高に偉そうな態度の客とか。むすっとして何も言わない客とか……。ごく普通に穏やかな笑顔でお礼を言って来るお客さんには、満面の笑顔を見せちゃうのにね。
ちょっとしたマシントラブルに、私の顔見て露骨に舌打ちする客とか……。気持ちはわかるけどさ、私のせいじゃないっつーの。マシントラブルで謝った時に「あるあるだね、貴女のせいじゃないし、気にしなくてもいいよ」なんて言ってくれたお客さんに、口説かれてもいいって思っちゃったくらいだ。
「占いではね、戦う相手によって暗示してるものが違うらしいわよ」
私の場合は、なんだか分からない大きな奴だ。
「もしかしたら、自分自身かもね」
「自分自身?」
志保の言葉に私が首を傾げる。
「そう。コンプレックスよ」
コンプレックスか。確かにある。
私を見ればすぐにわかる。
身長百八十一cmは、女子にしては高過ぎる。せめて運動神経が良ければ、バレーやバスケで活躍出来たかも。
それと名前。
ゆめだ。
何歳の頃からからなあ。近所の評判が、可愛いゆめちゃんから、進撃のなんとかに変ったのは。今や完全に名前負けしてる。
幼稚園の時は、ツインテールにピンクのひらひらワンピースが似合う子だったのに……。
ハイヒールなんてとんでもない。パンプスが精一杯。ボーイッシュなショートカットに、アッシュグレイのメッシュ。白いシャツにパンツルック。私にはスカートなんか似合わない。
止めは胸かな。デカすぎる。世の中巨乳がもてはやされてはいるけど、小学校五年生の頃から牛とか言われ続けたら誰だって嫌になる。
ゆめ、なんて可愛い名前の高身長牛女。ギャップ萌えの対象にもならん。
「ゆめのコンプレックスが何かは分からないけど、自分で思ってる以上に、過剰に意識してるのかも知れないわね」
何か分からないって……。見ればわかるだろうに。スレンダーで百五十六cmの志保と程良い大きさで百五十cmの美里には、縁が無いだろうけどね。
朝になって、学校に行く。
アパートの階段を降りて、門の外に出る。
辺りを見回すと、誰もいない。
来る。あいつが来る。
三人で考えた必勝法で、今日こそ勝ってやる。
志保が言うには、夢はコントロール出来るらしい。
現実では不可能なことまで可能に出来るそうだ。
美里がネットで探してくれた画像や動画を繰り返し見て思い出す。
強く念じれば、運動神経抜群の私が、イメージしやすい武器や防具を装備して、戦うことだって可能なんだ。
左手にはいつものトートバッグ。
このトートバッグに念を込める。
信じろ、信じるんだ!
よし、機動隊が持っているようなでっかい楯に変った。
しかも軽い。重さを感じない。女でも十分に扱える。
右手にも念を込める。片手剣が出現した。これさえあれば戦える。
武器と楯を手に入れた私は、くぐもったうめき声をあげるあいつに、幾度目かの戦いを挑んだ。
「もう少しだったのね?」
その日、学食でお昼ご飯を食べながら、今朝見た夢について二人に話す。
「ごめんね。折角必勝法考えて貰ったのに勝てなかった」
なんか二人に申し訳ない。
「でも、負けなかったんでしょ?」
「そ、一回で勝てるなんて簡単なもんじゃなかったってだけっしょ。次は絶対に勝てるよ」
二人の笑顔に救われる自分がいる。
「少しは粘ったの?」
「うん。大分粘った。いつもなら五、六回くらい死んで目が覚めるけど、今日は二回だった」
「凄いじゃん! 二倍以上の効果があったわけだね」
「そうなの。頑張ったかなあ」
「頑張った、頑張った。偉いじゃない」
二人が交互に頭をポンポンしてくれる。恥ずかしいけど、嬉しいな。
「美里、チームゆめで、今度こそ勝ちに行くわよ。何か良いアイデアは無いの?」
「うむ、軍師としては、もう一段の策が必要じゃな」
チームゆめ……、軍師……。これって……。
「ゆめ、三人で勝ちに行くわよ」
「そ、絶対に勝つよ」
「あ、ありがとう」
高身長のせいでいっつも誰かに頼られてた。男子に文句言うのは、いつも私の役割だった。でも、今は違う。二人に支えられてるんだ。
朝になった。いつもの朝だ。
「これは夢だ。絶対に夢だ。だから私は無敵になれるんだ!」
声に出して自分に暗示をかける。どうせ道路には誰もいない。猫もいない。もし聞かれたって構わない。
腰に差した刀が出現した。名前は……そう、妖刀ムラマサだ。RPGにも出て来る伝説の刀で、どんな敵にも大ダメージを与える。
そして……、着ている服が変わった。白い着物に赤い袴、巫女の衣装だ。
ヘアスタイルも変わった。腰まで垂らした長い黒髪になった。まるでアマテラスオオミカミの様な金色に輝く髪飾りまで付いている。
「今日は、絶対に勝ってやるからね!」
教えて貰った方法でムラマサを抜いて正眼に構えた私は、あいつに向かって吠えた。
昨日、二人に連れて行ってもらったコスプレスタジオで実際に試着した。私が着られる服なんて無いだろうって思ってたら、そうでもなかった。
恐る恐る店員さんに身長とスリーサイズを伝えた時、美里が言った。
「この子のサイズにあうので、出来るだけ女らしく、可愛さと恰好良さを両立できるのにして下さい。そうですね、魔を祓うイメージなら猶良いですね」
そんなのあるわけないじゃん!
「丁度良いのがありますよ。巫女の衣装とかどうでしょう? サイズもばっちりです。髪型もウィッグでアレンジしましょうか? アクセサリーも色々ご用意出来ますけど」
「ほ、本当?」
思わず耳を疑ったわよ。
メイクまでして貰って姿見を見た時……。
我ながら息を呑んだ。
クラスの男共を見下ろして威圧できる進撃の牛女が、自分で言うのもなんだけど美少女巫女に変わってたんだ。
「可愛くて、格好良い、完璧よ」
「いいじゃん、ゆめ。ばっちりだよ」
二人の言葉に目が潤みそうになる。
「メ、メイクって、凄いんですね」
「いえいえ、土台が良いからですよ」
「そ、そんなこと……」
「良くいらっしゃるんですよね。高身長を嘆いてらっしゃる方。でも、どんな特徴も悪い点があれば良い点も同時にあります。だったら、活かし方一つだと思いませんか?」
「活かし方?」
「ええ、お洒落のコツは、良い点を全面に出すことです。顔が可愛くて、背が高い、スタイル抜群! 全部生かさなきゃ損ですよ。この四人でここまで出来るのは、ゆめさんだけなんですからね」
なんか褒められまくりで怖いんですけど。
「自信持ちましょうね」
「そうよ、ゆめ」
「そうだよ、ゆめ」
「う、うん」
自信……。自信かあ……。
「で、どうだったの?」
「志保さあ、ゆめの顔見たら分るじゃん」
「駄目よ。こういうことは、キチンと本人に言って貰わないと。ゆめ、どうだったの?」
あいつに勝った。
そして、私は、少しだけ自分の外見に自信が持てるようになった。
「ねえ、ゆめ。明日、確かバイト休みでしょ? 三人で服見に行かない? 美里と二人でゆめ向けのコーデ考えたんだ」
「わ、私向け?」
「そう、ね? 美里」
「そ、ゆめに向けて、よ。たまにはスカート履こうか」
明日は二人の着せ替え人形になっちゃいそうだな。




